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〈著書出版・無料公開〉えんがお濱野将行著『ごちゃまぜで社会は変えられる』一部無料公開&事前予約開始!

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「かつての自分と同じように、これから未来に挑む人を後押ししたい」

そんな濱野将行さんの願いがこめられた著書「ごちゃまぜで社会は変えられる-地域づくりとビジネスの話-」を、今回、あしかもメディアで一部先行無料公開させていただけることになりました✨そこで、出版についての想いを濱野さんにお伺いしてみました!

ごちゃまぜで社会は変えられる-地域づくりとビジネスの話-』著者 一般社団法人 えんがお 代表 濱野 将行(はまの まさゆき)さんって?

プロフィール

一般社団法人 えんがお 代表 濱野 将行(はまの まさゆき)

栃木県矢板市出身、作業療法士。大学卒業後、老人保健施設で勤務しながら「学生と地域高齢者のつながる場作り」を仕事と両立する中で、地域の高齢者の孤立という現実に直面。根本的な解決に届く地域の仕組みを作るため、2017年5月「一般社団法人えんがお」を設立し、作業療法士の視点を活かしながら、高齢者と若者をつなげるまちづくりに取り組む。好きなものはビールとアウトドア。その他、大田原市第一層協議体委員、生涯活躍のまち推進協議会委員、栃木県協働アドバイザー、認定NPO法人宇都宮まちづくり市民工房理事など。

受賞:ビジネスアイディアコンテスト「iDEA NEXT」第5回「グランプリ」・第2回次世代の力大賞「大賞」 第10回地域再生大賞「関東甲信越ブロック賞」

30歳という節目を迎え初めて著書を出版なさるということですが、どういった趣旨の本なのでしょうか。

一般社団法人 えんがお』を運営する中で、失敗したこと・苦労したこと、そしてそこから学んだまちづくりをする上で大切なことを記しています。組織の運営・経営から自分の生き方まで、僕が考えたことをまっすぐ言葉にしました。

経営から生き方まで…。幅広いことを書いているのですね。
書きたいことがごちゃごちゃにならなかったのでしょうか。

幅広いことを書いているけれど、大切なことは全部一緒でね。例えば、「挨拶はしっかりする!」とか。自分の生き方から組織の経営まで、大切なことはすべてつながっているんだよ。

なるほど…!

―相手に届かなければ、意味がない。だからこそ、読みやすく、気軽にページが捲れる一冊に

濱野さんがこの本をつくっていく上で一番大切にしたのが“読みやすさ”。出版社と何度も何度も話し合いを重ね、「文字や写真の余白」「フォント」「文字の大きさ」「言葉のチョイス」など、読み手にとっていかに“読みやすい”一冊にできるかを追求したそう。

最近はみんな、忙しくて本を読む時間がない人が多いよね。それに加えて、本を読みなれていない若者も多い。だから本を手に取ってくれた人がスキマ時間に気軽に読めたり、本が苦手な人でも楽しくページがめくれるようにと工夫しました

なるほど!確かに読んでみると、タイトルがキャッチ―でクスっと笑えたり、文章中に『!』が使われていたり、話し言葉で書かれていたりと、どんどん読み進めていけますね。すごい…!

そうそう!タイトルとかさ、ユーモアたっぷりにして自分も楽しみながら書いたんだ。書いてる自分が楽しくなきゃ、読み手もきっと楽しくないからさ。

ー一歩踏み出す人の背中を支える一冊にしたい

地域でのまちづくりに果敢に挑んできた濱野さんは、一歩踏み出したいと思っている人、これから頑張ろうと思っている人を後押ししたいと願っています。

これからまちづくりに取り組んでみたい人、何か新しいことを始めてみたい人、福祉医療に携わっている人などに勇気を与えられたらいいね。一歩踏み出す人の背中を支える。そんな一冊にしたいと思っています。

全編263ページ5つのパートで構成されていますが、今回はそのうちパート2まで無料で読むことが出来ます。

濱野さんファンはもちろんのこと、「濱野さんのこともっと知りたい!」「まちづくりにはどんなことが大切なの?」「経営は成り立っていけるの?」等々、少しでも気になった方はぜひ見てみてください✨

そして、「この本、面白い!」「もっと読みたい!」と感じた方は

以下より、本文はじめ(無料公開分)となります。

はじめに 

景色の綺麗な山」に登りたい

「1週間に1回、電話でいいから話相手になって欲しい」。

これは、僕がある地域でおばあちゃんから聞いた一言です。当時、「高齢者の孤立」という課題になんとなく興味があった僕は、その一言に衝撃を受けました。

そして調べていくと、日本の独居高齢者の10%以上が会話頻度1週間に1回以下。高齢者のうち「つながりがない」と答える人は全体の30%という国勢調査の数字を知りました。日本社会における「高齢者の孤立」は、とても深刻でした。この時ふと思ったのは、「そりゃ、若者は未来に希望を抱かないわ。」です。当時、よくこんなデータが話題になっていました。

 「我が国と諸外国の若者の意識に対する調査」(平成25年度、内閣府)では、日本の若者(満 13歳から満 29歳まで)のうち、『将来に希望がある』と答えた人は61.6%。先進7か国の比較で見ると、アメリカとスウェーデンは『希望がある』が9割以上、英国、韓国、フランス、ドイツも8割以上を占めていて、日本が最も低い割合です。

 簡単にいうと、先進国で「日本の若者が、一番将来に希望を抱いていないよ」という話です。これが当時は結構いろいろな記事に上がっていたのですが、高齢者の孤立を知った時に、「そりゃそうだなー」と思うわけです。だって、一生懸命に生きても、結局最期はひとりぼっち。話し相手もいなく、寂しく終わってしまう社会です。

 おじいちゃんおばあちゃんが幸せじゃない、孤立している社会で生きることは、「景色の綺麗じゃない山に登るようなもの」だと思います。大変なことや辛いことを乗り越えて進んでいっても、進んだ先、登った先の景色は別に綺麗じゃない。そんな山だったら、みなさんは一生懸命登ろうと思いますか?つらいことを乗り越えられますかね?

 「もういいかな」となってしまうかもしれませんよね。

 2020年は、中高生の自殺者数が過去最高になってしまいました。僕はこの、悲しすぎる「社会の結果」と「高齢者の孤立」が無関係だとは思っていません。

 「高齢者が孤立している社会、幸せじゃない社会では、若者は未来に希望なんて抱けない。」

 「一生懸命生きた人の、大切な締めくくりの期間が孤立して終わる。そんな社会は間違ってる。」

そんな思いと、憧れる大人たちとの出会いに刺激され、25歳の時に栃木県大田原市で始めたのが「一般社団法人えんがお」でした。 

孤立の現場

 それから、地域でいろいろな現場を見てきました。人とのつながりが希薄な高齢者には、話し相手がいません。なので、当然何か困っても頼る相手がいません。

 だから、リモコンの電池が切れても買いに行けない。ずっと同じチャンネルばかり見ている。寒くて布団を出したくても出せない。だから「寒いけど我慢してた」と言う。壁にかかったカレンダーは、半年前に遠方の家族が来たときにめくったまま。トイレの電球は、切れて暗いまま。部屋の時計は電池が切れて止まったまま。

 よく言われるのは「もう諦めていた」「もう慣れた」です。悔しいですよね。

 そんな人のお家に、学生も連れて訪問していたら、いつの間にか「一緒にやりたい!」という学生が、年間延1000人以上も集まるようになっていました。それからとにかく「目の前のニーズ」に答え続けました。すると、年間4000人以上が集まる地域サロンができ、若者向けシェアハウスができ、地域居酒屋、障がい者向けグループホームができ、、、。今では徒歩2分圏内に6軒の空き家を活用しています。要するに、よくわからないことになっていました。

 時々あった同級生らしい人に「久しぶり~!いま何やってるの?」と聞かれることもあるのですが、こっちが聞きたい。むしろ、何から説明すればいいんですか。

 一応それっぽく、「いろいろな世代の力を生かして、高齢者の孤立しない地域づくりをしています。」と答えます。でも、そういうことにそんなに興味のない人だと、首を120度くらいにかしげられます。

 時々、地域づくりなんかに興味のある人だと、目を光らせてくれて「え!なにそれ!詳しく聞かせて欲しい!!」みたいなパターンもあるんですが、それはそれでちょっと暑苦しい。

「今」と向き合うあなたへ

今、この本を手に取っている人のあなたは、おそらく地域づくりや多世代交流に興味があるか、何かやりたいことがあるけどうまく動き出せないか、作業療法士などの専門職で地域に出ようとしている、出ているか、暇なのか、そんな人たちだと思います。

あと、普段僕と関わっている学生さんやお知り合いの方が、本当は大して興味ないけれど申し訳程度に買って読んでるか、ですね。そんなみなさんは、読まずとも「相変わらずふざけてましたね」って言えば、読んだ感想になります。

この本を手に取ってくださるみなさんを想像して思うことは、本当にこんなゆるい文章でいいのかな、です。こういうタイプの文章苦手だわー、という人は、ごめんなさい。少し大きめの文鎮か何かにしてください。

この本を読んでくださる方は、基本的には何か「やりたいこと」や「変えたいこと」があるのだと思います。それがぼんやりでも、すでにやっているとしても、「今のままでいい」とは思っていない人だと思います。そんなあなたに、たくさん動いて、たくさん失敗してきた僕なりに、「何か役に立てたらいいな」というのが、僕の本音です。

「今のままでいいと思わない」ことは、時折つらいですよね。今を受け入れてしまった方が楽ですよね。でも、あなたにはそれができない。変えようとする気持ちを抑えられない。抑えてもまた湧き出て、現状にもやもやしてしまう人です。不器用で純粋で、とても素敵です。

僕は、行動することだけが全てだとは思っていません。人には「タイミング」があるからです。あるいは「行動」の定義の中に、行動している人を応援したり、想いを持ったりすることも含まれると思っています。総じて、現状に疑問を抱いたり、もやもやしたりしてしまう人を、僕はかっこいいと思います。そんな仲間に、エールを送る気持ちを込めてお話します。

大丈夫です。見たい景色は、必ず見られます。自分で作ることもできるし、それを作る誰かを応援する形でも作ることができます。そして、必ず全部うまくいきます。部分的にはつまずいても、周りから責められても、苦しくて全部が嫌になる時があっても。それはうまくいくために起きる布石です。必ず、いい方向に動いていきます。

何をすればいいのか。何を考えればいいのか。それを一緒に考えましょう。そのために、あなたに少しでも役に立つように、たくさん失敗してきた僕なりに、精一杯お話させていただきます。

プロローグ  

目指すのは、ごちゃまぜ(全員参加型)のまちづくり

ー一般社団法人えんがおについて 

濱野将行について

 はじめまして。一般社団法人えんがおの代表をしています、濱野将行と申します。書いている今は29歳です。なんとか20代と言いたい年頃です。

 えんがおは、現在3人のメインスタッフが運営しています。僕が25歳の時に立ち上げ、そこからずっとついてきてくれている信頼できる後輩の2人が仲間です。ただ、クセも最高に強い二人です。興味ができた方は、ぜひ会いにきてください。たぶん10分くらいでお腹いっぱいにはなりますが、とてもいい二人です。クセは強いです。 

法人スタッフ3名(左から 小林千恵 濱野将行 門間大輝)

 僕が、いわゆる「社会貢献活動」に進み始めたきっかけは、大学一年生の頃の3月に起きた、東日本大震災でした。当時は、作業療法士というリハビリの資格を取るために医療系の大学に通っていました。大学が栃木県の北に位置する大田原市という所であったため、当時東北からたくさんの方が避難してきていました。3月13日から「とにかく人手が必要」との話を受け、避難所にお手伝いに行きました。掃除・炊き出し・傾聴。そんな活動で、とある避難してきたおばあちゃんが言いました。

「家が流されちゃって」。

 僕は固まりました。何も言えませんでした。うなずくこともできなかった。うなずくことすら失礼な気もして、固まりました。何も言わずにその場をさりました。そして、トイレにこもりました。自分はなんて無力なんだ、とただただ立ち尽くしました。何かできるつもりで行ったら、うなずくこともできない。自分は情けなくて弱い、無力な人間なんだと思い知りました。泣いた気もするし、我慢した気もします。

その日の終わり。支援チームのミーティングの後、僕は先生に半泣きで「福島に行ってきます」と言いにいきました。「現状を見ずに、支援なんてできない!」と。今思えば、とても若いですね。当時はそれくらい衝撃だったんです。自分の情けなさが。結局、先生と、学生リーダーをしていた南相馬出身の先輩が丁寧に想いを聞いてくれて、止めてくれて、僕が福島に行くのはもう少し先になりました。

それから10年。悔しくて、今も復興支援を細々と続けています。大学時代は、復興支援をしながら「もっといろんな世界を見て自分が成長しないと話にならない」と思い、海外ボランティアに行ったりもしました。あの衝撃と悔しさが、ヘタレで情けなくて弱い僕に、行動力をくれました。

復興支援の時に出会った人が、栃木県の若者支援団体「NPO法人とちぎユースサポーターズネットワーク」の代表理事、岩井俊宗さんと、事務局長の古河大輔さんです。当時、こんなかっこいい大人がいるのか、と本当に衝撃でした。

「社会課題を自分たちで解決する。それを仕事にする。そして、そういう若者を増やしていく。」

「より良い社会に、自分たちの手で変えていくんだ。」

他の大人が言わないような綺麗な言葉を、恥ずかしげもなくまっすぐ語る姿に引き込まれました。それからずっと、僕は二人の背中を追いかけています。なので、僕も所どころやたらかっこいいセリフを言いたがりますが、この二人のせいです。中二病ではなく、「とちぎユース病」です。この本のタイトルがちょっと中二病の匂いがするのも、そのためです。  

NPO法人とちぎユースサポーターズネットワーク  左:古河 右:岩井

兎にも角にも、憧れる大人との出会いで、僕は作業療法士を目指しながら、もう一方で「社会課題と向き合える大人になること」が夢になりました。

大学卒業後、作業療法士になり、高齢者施設で3年と少し勤務しました。そして、「高齢者の孤立」の問題に直面します。これは、誰かが変えなければいけないのではないか、と思いました。思いついたことをいろんな人に相談して、試行錯誤したり、思考が錯誤したりしました。その時間が、なんだか楽しかったんです。いろんな人を紹介してもらって、会いに行って話を聞かせてもらいました。世の中には、栃木県にはまだまだこんなにかっこいい大人がたくさんいるのだと、何度も痺れました。

村井クリニック院長の村井邦彦さん、認定NPO法人うりずんの高橋昭彦さん、訪問看護ステーションあいの横山孝子さん、合同会社Crewの伊川夢起さん。挙げたらキリがないですが、とにかく素敵な人たちとの出会いに恵まれました。自分の住む栃木県が、好きになりました。

彼らの共通点は「現状を変えようと動き続けている」こと。それがたまらなくかっこよかった。そんな人たちに憧れながら、僕の目の前には「変えなければいけない課題」がある。それが「高齢者の孤立」でした。それから、あーでもないこーでもないをずっと悩んだ末「一般社団法人えんがお」を設立し、高齢者が孤立しない社会を作るために動き出しました。

当時の職場の先輩方にも恵まれていました。休みが多くても嫌な顔一つなく応援してくれました。僕はあんまり仕事ができる人間ではなかったので、いてもいなくても変わらなかったのかもしれません。かもしれませんというか、たぶんそうだと思います。

ちなみに、仕事はそんなにできませんでしたが、休憩所のお菓子は人一倍食べていました。いますよね。こういう人。

立ち上げて最初の一年はダブルワークを認めてもらって、週に4日は作業療法士をやりながら、残りの3日でえんがおの立ち上げ期を運営しました。幸運にも、一年で裕福ではないけどご飯は食べていけるくらいにはなったので、一年後に施設を退職し、一般社団法人えんがおに常勤で活動し始めました。

一般社団法人えんがおについて

 えんがおは、「誰もが人とのつながりを感じられる社会」を目指して、「高齢者の孤立」を中心にさまざまな社会課題と向き合っています。常勤スタッフは3人ですが、一緒に「運営からやりたい!」と言って積極的に関わってくれる学生「えんがおサポーター」が20人います。そのほか、100名を超える個人会員の方や地域の方々、企業さんに支えられて成り立っている法人です。

 大小いくつかの事業をしていますが、徒歩2分圏内に6軒の空き家を活用していて、大きく分けると10個の事業があります。その中でも、根幹は高齢者向けの「訪問型生活支援事業」です。高齢者向け便利屋サービスだと思ってもらえればいいと思います。 

人とのつながりが希薄な高齢者は、生活で困っても頼る相手がいません。あるいは、制度の対象外になってしまう人や、制度対象外の困りごとを抱えている人もいます。制度には、平等にするための「線引き」があります。例えば、高齢者の生活のお手伝いで使える制度は「生活空間のみ」が基本です。体の弱った方が、普段生活していない部屋のお掃除をしたい時。数ヶ月前に亡くなった旦那さんの遺品の整理を、やっと気持ちの整理がついて「やりたい」と思った時。年末やお盆前に、汚れた窓ガラスを拭いて欲しいと思った時。制度では手伝ってもらえないんです。近所に家族がいたり、頼れる人がいればいいですが、そういった人がいないケースも増えています。そうした時に私たちが呼ばれ、生活のお手伝いを「有償で」行います。まずは、この辺の「高齢者の孤立の現状」についてお話しますね。

家族と同居しているから、孤立しているー生活支援事業について

 生活支援には大切にしているポイントが2つあります。一つは、学生・若者を連れていくことです。作業の傍ら、学生が話を聞いたり、時にはおばあちゃんに悩みを聞いてもらったりします。世代を超えた交流は、たくさんのメリットがあります。もう一つが、出会ったおじいちゃんおばあちゃんを「地域のプレイヤーに変える」ことです。話していく中で、その人の強みや昔からやっていた趣味などを聞き、それを活かしてもらいます。

 例えば、電球交換の依頼で出会ったおばあちゃんは、今は地域サロンのお掃除当番になってくれています。料理が得意だったら、地域のイベントで料理をしてもらう。支援する、されるの関係性ではなく、いかに地域のプレイヤーにできるかを大切にしています。支援する、されるの関係性だけでは、ワクワクしないんです。少しイメージが湧きやすいように、事例でお話します。

 間も無く90歳になるおばあちゃんです。お掃除に関してとてもこだわりがあって、超完璧主義の方。なのだけど、もう手足の力弱ってしまって、家の中でゆっくりゆっくり動いてトイレにいくことと、自分の分のご飯を作ることがなんとかできるくらいです。デイサービスには行っていません。性格的に、あまりそういった場所が合う方ではないかもしれません。

 お家にお邪魔すると、いつも横になって天井を見ています。時々テレビがかかってることもあります。「こんにちは~!なにしてるの~??」と私たちが声をかけると「やることないからひっくり返ってた」と答えます。訪問してすぐは、ネガティブな言動が多いですが、そこは僕らも腕の見せ所。色々お話をしてくうちに、少しずつ笑顔が見えます。15分後くらいには「(濱野は)いつ結婚するの?モテないから結婚できないんだね。かわいそうにね。」と笑い、僕が仕返しに毛布で顔を包みます。「こういうことするんだから。そりゃモテないわ。」と言い返されます。まったくもって余計なお世話です。

 このおばあちゃんは、実は同居している息子さんがいます。なので、「独居高齢者」には当てはまりません。つまり、独居高齢者向けの制度が使えないんですね。だけどその息子さんはほとんど家にはいません。住民票上はいても、「いない」のです。会話もほとんどありません。こういったケースは、決して少なくありません。一説では、「同居家族がいる高齢者の孤立度は、独居高齢者よりも高い」という話もあるほどです。

 同居家族がお子さんの場合、大抵働いているので、高齢者は日中一人で過ごします。朝早く出て、夜遅く帰ってくる方の場合、会話はほぼできません。関係性が良ければ、週末などは一緒に過ごすかもしれませんが、そうでもない場合、会話もなく、とても孤立度の高い生活を過ごしていることが多いです。時と場合にもよりますが、独居高齢者の場合は週に2回くらい、家事支援をするヘルパーさんが来ます。彼女の場合は、その制度が使えないんです(細かい理由は他にもあるのですが、割愛します)。これが、「制度の隙間」の一つです。

 もう一つ紹介すると、高齢者向けの制度サービスは「生活空間」が基本となります。それは、普段生活する部屋の隣の部屋は、支援対象外ということです。例えば、お正月で久しぶりに親戚が来るから窓をきれいにしたくても、普段生活する場ではないところは制度ではきれいにできません。でも、本人は体が弱って窓拭きができない。それを気軽に頼める人もいない。だから、我慢するしかない。本当はお正月前にきれいにしたいけど、我慢する。そういう我慢が積み重なって「生きづらい」になり、「生きていても仕方ない」になるんですね。

 こうして制度の狭間と限界の向こう側で孤立している高齢者が、日本にはたくさんいます。

 そこで、僕たちが気軽に呼んでもらって、「ちょっとお正月までに窓きれいにしたいんだけど〜」とと頼まれます。値段は最初にはっきりわかるようにすることで、安心してもらっています。

 チェーン展開している便利屋業者も、もちろんありありです。ただ、「知らない人が来る」「誰が来るかわからない」に不安を感じて頼まない人が多いのも事実です。なのでえんがおは、顔が見えてつながりが深い、業者と孫の間くらいの距離感を大切にしています。この気軽な距離感が、生活支援事業で安心感を生むための肝です。

 ちなみに、この距離感だからこその面白い話があって、バレンタインデーとかクリスマスは全く依頼が来ないんです。困っていても、そういう日は気を使って我慢しているらしいです。

怪しい儲け話にのってしまうのは、お金が欲しいからじゃない

 人とのつながりが希薄な高齢者は、場合よっては何日間も人と会えない、話せない生活を過ごしています。イメージしてみてください。一人暮らしのおじいちゃんやおばあちゃん。大きな家で一人ぼっち。体は思うように動かず、誰にも会いに行けない。会いにきてくれる相手もいないから寝っ転がり、天井をみて過ごす。例えばそんな生活を3日、あるいは4日、あるいは1週間、一人で過ごす。

 どうでしょう。すこしだけ、胸が痛みますよね。

 人は、ずっと一人でいると嫌なことを考えてしまいます。元気も少しずつ削がれてしまいます。そこに電話がかかってきました。

「株を買えば、今なら確実に儲かります。お話聞いていただけませんか?」

 内容なんて、どうでもいいのかもしれません。その人からしたら、会話相手がいることが嬉しいんですよね。だから、話を聞いてしまう。言う通りにしてしまうかもしれません。判断力だって、ずっと一人でいたら衰えていきますから。そうしてお金をもっていかれて、周りから怒られてしまうかも。

 さてさて。なんだか暗い話をしてしまいました。あくまでも想像の、そんなパターンもありますよね、というお話です。でも、よく思いませんか?「なんで未だに、そんな大金を怪しい人に渡す高齢者がいるんだろう。こんなに注意喚起されているのに。」って。答えは、意外と単純かもしれません。

 では、明るい話をします。すこしイメージの中の時間を戻してただいて、そんな一人ぼっちのおばあちゃんが家で寝っ転がっているシーンです。

 ピンポーン。インターホンの音がなります。すぐ後に「こんにちはー!」と学生の明るい声が広い家に響きます。「はいよ」とおばあちゃんの返事が聞こえて「入るねー!元気ー?きたよー!!」と、おばあちゃんのいる部屋に、大学生が入っていきます。「何寝っ転がってるの!起きてー!」学生が起こしにかかります。「することないから寝てたの。もう、早く楽になりたくって。」とおばあちゃん。

学生「せっかく久しぶりに来たんだから起きてくださーい!」

おばあちゃん「どうせもうすぐあっちにいくから、寝てようかと思って。」

濱野「明日あたりかな?じゃあ今日の内にいっぱい若い人の顔見ておきな。」

おばあちゃん「失礼だね。本当にこの代表は。もうすぐって言ったって、あと10年頑張らなくちゃ。」

少しずつ、家の中には笑い声が聞こえ始めます。

そして30分もたった頃。

 おばあちゃん「そこ!そうじゃなくて、もっと奥まで拭かなくちゃ。ホコリがたまってるんだから。掃除機はちゃんと畳の網目に沿って!」

 強気なはきはきした声で、学生に掃除のやり方を指導するおばあちゃんがいました。

掃除が終わるとお茶飲みタイム。久しぶりに来た学生の学校の話、恋人ができた話、おばあちゃんが昔はモテたこと。顔の形が理由であだ名が「かぼちゃ」だったこと。みんなが笑いながら話しています。一時的かもしれないけれど、「もう、早く楽になりたくって。」と話した寂しげな顔はありません。

 この、わくわくする明るい話。これは、えんがおで私たちが実際に見ている「生活支援事業」での景色です。「生活のお手伝いをする」という「手段」を用いて、人とのつながりが希薄な高齢者の生活に「つながり」と「会話」をつくる。それが僕たちの生活支援事業です。このおばあちゃんは、今でこそ体は動かないけど、元は掃除のプロ。学生に掃除を教える指導役になってもらっています。

 こんなふうに、孤立高齢者の支援ではなくて、そういった方と繋がって、地域のプレイヤーに変えていくのが僕たちえんがおが目指しているものです。

 もちろんですが、独居=孤立ではないし、家族と同居して幸せな方もすごくたくさんいます。制度の都合上、住民票での判断になるため、こういったケースもありますよ、というお話です。

 それと、大切なことを付け加えます。

 僕のもとには時々「自分の大好きなおじいちゃんおばあちゃんやご両親を孤立させてしまったかもしれない。」と後悔するような声も聞かれます。だからえんがおを応援します、と。とてもありがたいです。

 でも、言い切れます。そのおじいちゃんおばあちゃんは、絶対に不幸ではなかったです。

 僕らが出会うつながりが多くない人だって、遠くで思ってくれているご家族やお孫さんたちがいれば、元気ですよ。時々寂しい時間はあっても、みんな遠くのご家族を思い出して、嬉しそうに話してくれます。たまにかかってくる電話が、彼らにどれだけの幸せを与えているか。僕たちは高齢者側から、たくさん見てきました。

「高齢者の孤立」の話をすると、ついつい「孤立」の側面を強く話してしまいますので、後悔させてしまうかもしれませんが、それだけは伝えさせてください。遠くても、すぐには会えなくても、「想ってくれている誰かがいる」ことが、心の支えになっているんです。

 だから、後悔したり、自分を責めたりしないでくださいね。そういうあなたがいることで、おじいちゃんやおばあちゃんは幸せでした。綺麗言じゃなくて、現場で見ていると、そうなんです。

 そういったつながりがない人を、地域でどう支えるか。あるいは、遠方のご家族様の代わりに何ができるか。そんな視点でお話を続けます。

「地域サロン」ー 年間延2000人の高齢者と延べ3000人の若者が集う場所 ー

 訪問型の生活支援に加えて、日中一人で過ごしている近隣の高齢者のたまり場として、地域サロン「コミュニティハウス みんなの家」があります。これは、空き店舗を活用して行っています。

 その二階には学生向けの勉強場所があって、勉強に来た学生が地域の方々と交流する仕組みです。多世代の交流が「特別」ではなく、「日常」として、子供や学生と高齢者が関わり合う。そんなコミュニティを作っています。ここはほぼ毎日解放されていて、年間延べ4000人以上の人が来ています。

 おじいちゃんおばあちゃんは、先ほどお話した通り、たとえご家族と同居していても日中ひとりで過ごす時間が長いです。その人の生活には「行く場所」や「やること」が必要です。こで、地域の空き店舗を活用して、大田原商工会議所さんと協働で作ったのがこの「みんなの家」です。また、学生が勉強場所に困っている話は、どこの地域でもよくある課題だと思います。僕らはそのニーズを受けて、二階を学生向けの勉強スペースにしました。

 世代間交流で大切なのは「それぞれのニーズに合わせる」ことです。高齢者向けのお茶飲み場に、「若い人も遊びにおいでよー!」といっても、来るのは一握りの特殊な若者です。高齢者はお茶飲み場を求めている。若者は、Wi-Fiとコンセントのある勉強場所を求めている。双方のニーズに個々に答えて、それぞれが交わる仕組みづくりをしました。

地域サロン「コミュニティハウスみんなの家」と、その日来てたグループホームの利用者さん
と地域の人と若者とスタッフと犬と猫。

 勉強に来た学生は、一階のお茶飲みスペースで受付をします。そこで、おじいちゃんおばあちゃんに挨拶する。二階で勉強をして、お昼を食べる時はまたお茶飲みスペース。おじいちゃんがお団子をくれたり、おばあちゃんがお茶を入れてくれたりします。結果、日常的な世代間交流が生まれます。

 その一角には、子ども向けの「えほん図書館」があって、時々子連れのパパさんやママさんが来てくれます。犬と猫もいます。この前は、子どものおもちゃを猫が取って遊んで、子どもが大泣きして、おばあちゃんがなぐさめてました。お店番やお掃除当番は、地域のおじいちゃんおばあちゃんたちがやってくれています。

 地域サロンの運営で大切なのは、「役割を作る」です。お茶飲み場が居場所になるわけではないんです。人にとっての居場所とは「役割」です。つまり、きてくれた人を「お客さんにしない」ということですね。地域サロンで、「人が集まらない」「定着しない」などの相談の大半は、運営側が一生懸命やりすぎて、参加者をお客さんにしてしまっているケースです。

とっちゃん(ほぼ365日えんがおにくる。 段ボール畳み&濱野のお世話当番。)

 お掃除当番だから、膝が痛くてもがんばってきます。段ボールを潰す「役割」があるので、雨の日でもカッパを着て歩いてきます。だから、元気にいられるんですよね。

 「介護予防」なんて言葉がリハビリ界隈では流行っています。でも、その「介護予防」って、運動ばかりによりがちです。だけど本当は、介護予防=運動+「役割」なんです。後半で詳しくお話します。

 そんなコミュニティハウスを運営しながら生活支援をしていたある日、気がついたらたくさんの学生が「活動体験」に来てくれるようになりました。市外の人も県外の人もナイスガイの人も、けっこう遠くからSNSなどを見てきてくれる。だんだん、遠くから来てくれているのに数時間の体験ではもったいない気がして、寝泊りできる場所が欲しくなって、おばあちゃんたちに相談してみました。

 「この辺に使わせてもらえる家、ないけ?(ないかな、の栃木弁)。」「でも、まだどうなるかわからないから、あんまり人には言わなくていいよ。」と。

無料宿泊所「えんがおハウス」

 そしたら2時間後にはみんなが知ってて「えんがおであき家探しているらしい。」と噂が広がりました。まだ話を広める気のなかった僕は、あたふたしました。少し経ったある日、「あの家もらえるって!」という話が来て、めでたく二階建ての一軒のお家を「タダで」もらって、コミュニティハウスみんなの家から徒歩30秒の場所に、無料宿泊所「えんがおハウス」ができました。

 なんで無料かって?宿泊所を運営するにあたって、無料じゃないと、いろいろ大変なのです。許可とか消防とか。この地域ではゲストハウスなどのニーズもなかったので、あくまでもえんがおの活動体験者向けの宿泊所にしました。いつでも使える「合宿所」に近いですね。

地域居酒屋・ソーシャルシェアハウス

 生活支援事業が根幹の事業で(収入の根幹は別です)、地域の人が集まるサロンや宿泊所を運営している話をしました。他にも、地域サロンの道路向かいにある空き店舗も借りていて、地域居酒屋(週に一回みんなでご飯)を運営しています。

 地方だと、一人暮らしの高齢者で、車の運転が可能な人もよくいます。一見孤立はしていなそうですが、基本的には毎日一人でご飯を食べています。そこで、週に一回くらいみんなでご飯食べましょう。そういうところが苦手な男性の方も、週に一回くらい一緒にお酒飲みましょう。そんな場所です。

 空いている日は「シェアキッチン」にしていろんな人に使ってもらっています。2階の使わない3部屋をレンタルオフィスにして、企業さんに入ってもらっています。なので、関わる人の数がどんどん増えていきます。これからの街づくりのキーワードは「混ぜる」と「シェアする」ですね。一つの用途にこだわるのではなく、いろいろな「あり方」を混ぜたり、シェアしていくことが重要です。withコロナについての考え方は、最後の方でお話します。

 こうして活動していくうちに、学生はますます集まってきてくれるようになりました。この辺から、活動体験の学生が年間延1000人くらいに達します。その中には、もっと運営に関わりたい。参加者ではなくて、えんがおのプロジェクトの企画から一緒にやりたい、というような素敵な学生たちが出てきました。彼らを「えんがおサポーター」として位置付け、一緒に企画などから運営するようになって、小さな一つのコミュニティのようなものができてきました。すると、自然と出てくるニーズが「シェアハウス」です。別にシェアハウスをやろうとはしていなかったのですが、目の前のニーズに応えていく「ニーズ先行型」の組織なので、そのニーズに応えるべく、空き家を探しました。  

 前回の失敗(成功)があったので、今度はしっかり

「まだ『内緒』だけどね。この辺りに、使わせてもらえそうな家、ないけ?(栃木弁)」

とおばあちゃんたちに言いました。半日で話は広まり、1ヶ月後、また二階建ての大きな一軒家を寄付してもらいました。そうしてできたのがソーシャルシェアハウス「えんがお荘」です。安い家賃と、水光熱費などの生活費を折半するので、生活コストが抑えられます。その分、バイトをせずに自分のやりたい活動ができる。そんな魅力があります。 

 ここまでの道のりが、3年半くらいですね。振り返ると、学生と高齢者を中心に、時々子どもがいたり、悩める社会人の方がいたり、けっこう楽しいコミュニティになってきた気がしました。

 そのコミュニティを見ていながら、僕は日に日に「ごちゃまぜ」の良さに気づいていきました。

いろいろな世代や立場の人がいること。それが、お互いに出来ないことは助けてもらって、得意なことでお返しすることにつながる。「誰かの役に立つ」ことで、自分に自信を持ち、少しずつ自分が好きになる。そんな景色を見せてもらったからです。

 そうして考えているうちに、世代だけではなくて、障がいの有無にも関わらない空間を目指すようになりました。そのためには、障害を抱えた方が気軽に関われる「入り口」が必要になります。かと言って、既に地域に余っているようなものは作っても仕方ないので、地域に足りていなくて、僕らにとっても入り口となり得るものを探っていきました。

 そうして見えてきたのが、「障がい者向けグループホーム」です。

「地域開放型」障がい者向けグループホーム

 「障がい者向けグループホーム」は、馴染みのない人も多いと思います。正式名称は「共同生活援助」といいます。簡単に言うと、数人の障がいを抱えた方が共同生活をしながら、生活するための能力、例えば料理や金銭管理、服薬管理なんかを学んでいく場所です。18歳以上の 障害を抱えた人が住むことができます。

 えんがおでは、比較的自立度の高い精神・知的障害を抱えた方向けの施設にしています。理由はいくつかあるのですが、一番大きいのは「制限の強い施設が多い」という現場の方の意見でした。高齢者施設なんかでもよくあるのですが、リスクを避けるために制限が強くなってしまいがちです。外出する際は必ず職員と一緒でなければいけなかったり、ご飯の時間が決まっていてその時間に食べなければいけなかったり。確かに、利用者さんを守るために、そうしなければいけないこともあります。そうしている施設を批判する意図は一切ありません。

 でも、自立度高い人(その制限が必要ない人)はもっと自由に過ごせてもいいですよね。一人の人の「できる」を奪う必要はないはずです。確かに、制限をしないことで施設側はリスクを背負うけれど、それはそれです。そもそもリスクを背負わないためにやっているわけではありません。

 もう一つは、障がい者向けグループホームが地域とほとんど関わっていない問題です。精神疾患と地域交流というのは、語っても語り尽くせない歴史があります。障がいを抱えた方が、地域と関われずに分断されてきた歴史です。精神病院に、時には何十年も入院して、退院してからも他の人とはほとんど関わらずに過ごす。それが当たり前になってしまっていたのが、これまでの日本社会でした。

 それを打破しようと、病院や施設の中だけではなくて、「地域で暮らす」選択肢としてできたのがグループホームという制度なんです。ただ、現状は施設や精神病院などのすぐ近くにあって、病院や就労支援施設の行き帰りのみ。そんな場所も、実は少なくないんですね。これじゃあもったいないですよね。地域に開いていったり、地域の人と関わる機会を作ったり。そういう一歩一歩が、精神障がいなどに対する誤解や偏見、「わからない」という怖さをなくしていきます。

 もちろん、障がいの種類によっては、限定された安定している環境だからこそ、落ち着いて幸せに過ごせる方々もいます。でも、それは選択肢があった上での話です。今は、その選択肢があまりにも少ないと思います。

 そんな現状を聞いている時に思ったんです。あ、これ、えんがおの近くに作れば、地域のみんなで見守って、比較的自由な施設ができるかもしれない。空いた時間は地域サロンに来て、地域の人とお茶飲みしてもいい。地域に解放した施設ができたらおもしろそう!。

 そうして「地域開放型」のグループホームの立ち上げに至りました。そこからは、いつも通り周りの人に助けてもらいながら、4ヶ月後に「障害支援事業所」を開業し、近所の空き家を活用して、グループホーム「ひととなり」がオープンしました。改修費や準備費で、2020年度の黒字分、約250万円をまるまるこの挑戦のための費用に当てました。どひゃー。その後、グループホーム2棟目もオープンしました。

 ただ、ありがたいことに、リスク共存型である程度自由度の高い部分や、地域との交流が多い部分にニーズが多いらしく、すぐに満室になりました。問い合わせも、いまだにたくさんいただいております。それだけ、障がいを抱えた方が「地域で暮らす」ことに対するニーズがたくさんあるんですね。

 これら全ての事業を、徒歩2分圏内で行っています。なので、グループホームの利用者さんが地域サロンでお茶のみをして、そこにいる地域のおじいちゃんばあちゃんや、勉強にきた学生と仲良くなります。遊びに来た子連れのパパさんが一息ついて、おばあちゃんと子どもが遊んで。自然の中で、それぞれの日常が重なっていく。

 目指しているのは「全員参加型」、「ごちゃまぜ」のまちづくりです。子供から高齢者まで、そして障がいの有無に関わらず、誰も分断されず、色々な人が日常的に関わり合う。それが普通の地域のコミュニティの中にある。そんな景色を目指しています。 

地域のみんなで食事会。大人も子どもも障がいを抱えた人も認知症の人もみんなごちゃまぜ 。

Part1.関係人口の増やし方 

・「オセロの角理論」と「相談

・「オセロの角ポジションの人は誰か」ー   角野卓造さんを探す物語 

・関係人口を増やし、地域の課題に「団体戦」で挑む

・批判に向き合うのは、結果を出してから

「オセロの角理論」と「相談」

 一般社団法人えんがおの事業のお話をバーっとしました。ここからは、どうやってそうなったか、どんな失敗があったのか(失敗ばかり)、などの話をしようと思います。僕の失敗談が、皆さんにとって何か少しでもお役に立てたら嬉しいです。

 また、この本ではだいぶ具体的な「地域づくりのあり方」もお話します。一見自分の生活には必要ない人もいるかもしれませんが、たぶん根本的には、生きていく上で必要なものはそう変わらないと思います。なので、具体的な話をしながら、基本的な「生活」に寄せて話します。のんびりと聞いてもらえたら嬉しいです。 

 僕は、大学生4年生の頃、一般社団法人えんがおを立ち上げる前に「世代間交流プロジェクトチーム つむぎ」という団体で活動していました。この頃はビジネスなんて一切考えていなくて、ただ、東日本大震災の時に何もできなかった自分が悔しくて。大学生のうちにたくさんいろいろな活動しよう、と思っていました。その時に捉えた地域課題が、大学生が通っている地域と全然関わらないことでした。

 そこで、「学生と地域をつなげる」なんてコンセプトではじめたのが「つむぎ」です。後輩の大学生と4人で立ち上げたグループでした。その時は、地域の人たちとの距離を頑張って詰めていました。その方がいいと思ったし、そうしなければいけないと思った。

 ただ、これは経験しなければ分からないことかもしれませんが、距離が近いほど、お伺いを立てたり、いろんな方面の人の顔を立てなければならないことが多くありました。結果、距離を縮めすぎることで身動きが取れなくなり、本来目指していた動きができなかったのです。あるいは、たくさんの時間がかかってしまったんです。もちろん、当時関わってくれていた方々が悪いなどと言う意味ではなく、距離が近すぎて、相乗効果を生むような関係性ができなかったんですね。この失敗から学んだことは、地域づくり団体として「地域との距離感が非常に重要である」ということです。

 距離を縮めすぎてしまうと、外部としての目線も失います。日本の地方に今必要なのは、外部の視点です。外からどう見えるか。外の人からしたら、それはいいことなのか悪いことなのか。伝統は大切だけど、他の人が関わりにくく感じてしまう伝統や習慣はないか。それを見ることのできる距離を保つこと。仲間ではあるけれど、「身内」ではない。地域にとって、そんな距離感の団体でいることが重要です。僕らもそうでしたし、地域に入る時に一生懸命内側に入りすぎて身動き取れなくなってしまった、というような相談もよくあります。

 でも、地域と距離を適度に取りながら必要なところを押さえて、いい関係性を築いていくって、言うほど簡単ではないですよね。そこで、「オセロの角理論」について説明します。これは、一時オセロにハマっていた僕が、オセロって先に角取った方が有利だな、と気づいた理論です。オセロって、角取っちゃえば、中盤で不利になっても結構巻き返せるんですよね。

 いや、そんなことはそれなりにオセロをやったことのある人ならみんな知ってるんですよ。今回お話したいのは、地域づくりでもそれが当てはまりますよ、という話です。あるいは、会社などの組織でもそうですね。「オセロの角理論」は、そんな意味で作った僕の造語です。

 えんがおは、地元で影響力のある方々や企業の代表の方、行政の方など、いろいろな立場の方々が応援してもらっています。これは僕らがすごいわけではなくて、「栃木県大田原市」という地域の力だと思います。そういった人たちに助けられて物事が進んでいっている自分たちの様子を、改めて分析した時に分かったことがこのお話です。

「オセロの角ポジションの人は誰か」- 角野卓造さんを探す物語 -

 それぞれのコミュニティには「オセロの角」ポジションの人がいます。もちろん、人には上下なんてないし、みんなそれぞれ大切です。でも、コミュニティや組織の中で何かしたい、と思った時に「押さえておくと進みやすい人」が必ずいます。「この人が言うなら仕方ないか」となる人。いわゆる、そのコミュニティで影響力のある人。

 これが、僕が言う「オセロの角」ポジションの人です。

 何かを始める時ややりたいことがある時には、意図的にこの「オセロの角ポジションの人」を巻き込んでおくことが大切です。特に目新しいことをやるには時には、10人が10人賛成することはほぼないです。誰かが「事故でもあったらどうするの?」「〇〇になったらどうするの?」といって止まってしまうこともしばしばあるでしょう(その意見が悪いとは全く思いません)。

 オセロで言ったら、自分が目指す色が白だとして、数人は黒になりますよね。それで、その時に角(影響力のある人)が白でいた方が話が通りやすいですよね。これは話で聞くとすごく当たり前に聞こえるかもしれませんが、これを逆算してスタート時から意識することは少ないと思います。

 だからこそ、何か始める時、変えたい時には最初に意識してください。自分のやりたいことにとって角のポジションは誰か。その人はどんな人で、何を望んでいるか。どうしたら自分の目指したい方向性を応援してくれるか。地域でも家庭でも会社でも、同じことが言えます。全員賛同は難しいからこそ、影響力のある角のポジションの人からの応援は、なるべく早くもらっておくといいです。

 「オセロの角理論」について、理屈は伝わったでしょうか。次は、大切な人から「応援される方法」について話します。そしてこれは、どの環境でも使える、人間関係の超大切な話です。

 それは、ずばり「相談する」です。これだけ。

 イメージしてみてください。あなたが何か地域を盛り上げる活動をしたいとします。例えば、地域で「全世代ごちゃまぜの運動会」を開くとしましょう。何から始めますか?

 多くの人は、大抵チラシを作って配ったり、挨拶して回ったりします。「運動会やるのでよろしくお願いしまーす」みたいな感じですね。しかし、これだと相手からしたら「行ってみたいけど勇気が出ない」「応援したいけど、どう応援したらいいかわからない」「そもそも誰??」が本音だと思います。ここで重要とるのが「相談」です。

 まず最初に「相談」してください。必殺のセリフは「運動会をやりたいのですが、どうしたらいいと思いますか?」です。「運動会やりますのでよろしくお願いします!」ではダメなのです。

 相談は、相手と自分、二人の話です。でも、報告(「やるのでよろしくお願いしまーす」)は自分→相手。いつまでたっても一人なんです。相手を巻き込むために、応援してもらうために、二人になる必要があります。

 あなたが相談される側だとして「運動会をやりたいのですが、どうしたらいいと思いますか?」と聞かれたらなんて答えますか?「どうしたらいいと思いますか?」ですよ。ずるいでしょ。聞き方が。

 もうあなたは逃げられません。少なくとも、何か意見を言わなきゃいけない。すると、大抵の人は「じゃあ〇〇さん紹介するから、その人に相談してごらん。」となります。その〇〇さんって、誰が紹介されると思いますか?

 そうです。角の人です。角野卓造さんが紹介されます。角の人にすぐつながっていなくても、地域の誰かに「相談」することで「この人に話通しておいた方がいいよ」という人(つまり、「角のポジションの人」ですね)を紹介されるんです。

 そしたら満を辞して「紹介されたので来ましたー!紹介されたので!!!」と言えます。人は基本的には、自分の知り合いから紹介された人を無下にはできません。そして、そこでも角野卓造さんに、あの必殺ワードを言ってください。

「地域の交流をつくりたくて、運動会をやりたいのですが、どうしたらいいと思いますか?」

 角野さんはきっと考えてくれます。自分でできることで何か応援してくれるかもしれないし、それなら!と別の角野卓造さんを紹介してくれるかもしれません。そうして、いろんな人に相談をしながら「この人にこうアドバイスされたからこうやった」の方程式ができます。そこまでくれば、多少いろんな意見が出ても大丈夫です。だって、角のポジションの人のアドバイスに従ってやっているから。

 小声で言いますね。どこにだって「なんでも文句いう星人」は存在します。そういう人に限って、角のポジションの人には逆らいません。「角のポジションの人に相談して動いた」というストーリーを「意図的に」作ってください。そうすれば、「なんでも文句いう星人」の文句は、計画的に減らせます。

 えんがおでも、何か始めるときには必ず相談することを心がけています。つい最近面白かったのは、飲み会の席でのこと。商工会議所の方に、「街中にベンチを増やしたい。」「ベンチ設置数日本一!のような場所をつくらたら面白いと思う。どう進めたらいいでしょう。」という相談をしました。

 すると、「市内の大きな通りなら目立つ。えんがおだけではなくて商工会議所やまちづくり会社も巻き込んでやったほうがいい。」と教えてくれました。確かにそれは面白そうかも。と思っていた翌日に電話が。「商工会議所内部と、まちづくり会社に話を通しておいたから、動いて大丈夫だよ。」とのこと。仕事早や。

 どうでしょう?もちろん、商工会議所の方が地域のそういった活動を応援する気持ちを持っている方なのは大前提です。出会いに恵まれました。ただ、「ベンチ増やす活動します!よろしくお願いします!」であった場合と「ベンチを増やしたいです。どういうふうに進めたらいいでしょうか?」の場合の違い。イメージ湧きますでしょうか。

 これは、僕の経験上の話でもありますが、たくさんのうまくいっている人の話を聞いていて気づいた共通点でもあります。

   ちなみに、相談したらしたで、確かにいろんな意見が入ってきすぎて大変なこともたまにはあります。昔はそれがめんどくさくなって、一人(チームだけ)で「やりまーす!」みたいな感じでイベントをやった時があるのですが、それはそれはうまくいきませんでした。とりあえず参加してくれる人はいたけど、何も生んでいない気がしました。自分たちだけでは、何かを変えることはできないみたいです。全部の意見を聞く必要はないけれど、「相談をする」という行為が大切なのだと思います。 

 地域を巻き込む時にも、行政を巻き込む時にも基本的には一緒です。うまくいく人は、みんな相談する癖がある。相談された側は無視できない。必殺ワードは「どうしたらいいでしょう?」です。自分でなんとかしようと頑張ってしまう人に限って、意外と一人で終わってしまう。相談すれば2人になる。そして3人になり、4人になる。仲間を増やすには「相談」です。遠慮なく人に頼りましょう。聞きましょう。

 一人で頑張ってしまう弱さをすてて、相談できる強さを持つこと。地域づくりだけではなくて、生きやすくなるために、とても大切なことです。

 ところで、皆さんに相談があります。こんなマニアックなこと書いてても、本を読む人が増える気配が一切しないのですが、どうしたらいいと思いますか?

関係人口を増やし、地域の課題に「団体戦」で挑む 

 「相談する」ことで、角のポジションの人と一緒に動いていく、という話でした。さらに、その相談も使いながら「関係人口」を増やす。そして、団体戦で戦う。そんな話をします。

 そもそも「関係人口」ってなんやねん、と言いますと。もとは移住などの文脈で使われている言葉です。総務省の「関係人口ポータルサイト」の定義によれば

 「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々のことを指します。地方圏は、人口減少・高齢化により、地域づくりの担い手不足という課題に直面していますが、地域によっては若者を中心に、変化を生み出す人材が地域に入り始めており、「関係人口」と呼ばれる地域外の人材が地域づくりの担い手となることが期待されています。

 総務省のこの文章からわかることは1つです。一文が長かったり、一文の情報量が多い文章は、読みづらいということです。特に2行目。僕も。気を。つけます。

 総務省さん、いじってごめんなさい。

 まあ要するに、時々関わってくれる、いい感じの距離感の人。みたいなことですね。そんなポジションの人がこれから大事だし、そんな人がゆくゆくは「移住者」「定住者」につながる、ってことだと思います。

 それで、です。これって、まちづくりの「組織」や「個人」にもすごく当てはまると思いませんか?組織やチームのスタッフではないけど、ただの「知り合い」や「お友達」でもない。時々関わって応援してくれる人。何かあったときに気にかけてくれる人。

 組織にとってのそういったポジションの人を、「その組織の関係人口」としましょう。うまくいっている組織は、ほぼ間違いなくこの「関係人口」が多いです。より簡単に言ってしまうと、「スタッフ以外の関わっている人が多い」ですね。

 NPO業界においては、その一つが「会員」と呼ばれるものです。年間5000円とかの会費を払ってその組織を応援しつつ、定期的に情報を受け取る人たち。ちなみにえんがおは、この会員さんがいなかったらすでに消滅しています。あぶねー。会員の皆様、愛してます。

 えんがおを例に言うと、会員さんまで深く関わらなくても、たまに改修作業に参加してくれる学生や社会人の方。何かと気にかけて、飲みに誘ってくれたり、相談に乗ってくれる地域の方。余った食材や物品を寄付してくれる方。お茶飲みに来るおじいちゃんおばあちゃん。広く言えば、SNSで見ててくれる人たちなんかも、関係人口に当たるかもしれません。「フォロワー数」ではなく、「ちゃんと見ててくれる人」、ですけどね。

 明確な「応援者」よりは、もう少し広い意味で捉えていいと思います。「気にかけてくれている人」「興味を持ってくれている人」くらいでしょうか。

 では、具体的な「関係人口が増えることのメリット」はなんでしょう。それは、関わる人たちの「特技」や「専門性」です。関わる人が多いことは、それだけ「引き出し」が増えることでもあります。応援してくれる人の中にDIYが得意な人や、一級建築士さんがいれば、空き家の改修は心強いですよね。

 つい最近ですが、僕らが「おばあちゃんのおにぎりを商品開発したい!」と思った時にも、関わってくれている人の中で商品開発に長けている人がいたので、真っ先に相談しました。なので、すごくスムーズに話が進みました。わからないことは、SNSやグループラインなどでよく聞きます。すると、大抵フォロワーさんが教えてくれます。他にも、イラストが得意なひと、カメラが得意な人、などなど、いろいろな人の「得意」に助けてもらっています。もちろん、特技や専門性に限りません。気にかけてくれている人が多くいる時点で、話が拡散されたり、つながりがつながりを生みます。

 関係人口の大切さ、伝わりましたでしょうか?

 もっともっとシンプルに考えてしまえば、「関係人口が多い組織」がうまくいかないわけないですよね。だって、たくさんの人が気にかけてくれていて、たくさんの人が応援しているんですもんね。

 関係人口の増やし方は、主に二つだと思っています。

 一つが、やっぱり「相談」の癖をつけることです。自分たちだけでやらない。外に相談する。何か困っても、すぐに外注しない。正当な対価(お金とは限りません)はもちろん払うけど、知らない業者にお金払って頼るのではなくて、近くの誰かに相談してみる。例えば、そういう日々の積み重ねが、「関係人口」を増やします。

 2ちゃんねる創設者の西野ひろゆき氏が、著書「1%の努力」(ダイヤモンド社)で「お金で解決する人は成長しない」という内容を語っていますが、まさにそうだと思います。

 2つ目が、「発信」ですね。ここは、パート2で詳しくお話します。発信することで、関係人口は増やせます。

 地域課題は混沌としています。そしてこれから、さらに混沌とすると思います。目の前の困っている人の抱えている課題は、もはや一つではありません。たくさんの課題が、複雑に絡み合っています。みんなで相談し合いながら、団体戦で課題に立ち向かいましょう。課題解決の力と、「人を巻き込む力」の両方が必要です。

 組織としては「一つ」でも、あるいは個人でも。自分たちの周りの、「関係人口」を増やしていきましょう。

批判に向き合うのは、結果を出してから

 パート1の最後に、もう一つ、大切な話をします。何かを始めたいと思っている人、今を変えたいと思っている人にはぜひ聴いて欲しい話です。

 えんがおは、僕が25歳の時に設立しました。当時は意外と怖さはなくて、なんかいける気がしたし、別に失敗しても死にはしない、と思っていました。何より、周りの大人に恵まれました。この人たちが周りにいてくれるなら大丈夫だろう。そんな感じでした。

 ただ、それなりに批判もありました。周りで20代で起業する人は、起業家のコミュニティでもなければ珍しかったし、起業する作業療法士は特に少なかったように思います。僕らには、見覚えのない珍しいものをマイナス視点から入る習性があります。ダイレクトに言われることは多くはなかったですが、そういう声は聞こえてきたり、察したりしますよね。

 まず言われていたのは、「作業療法士としてもっと経験積んでからの方がいい」です。批判ではなくアドバイスで言ってもらえる時もあったし、批判のときもありました。僕の中では、「それじゃあ今この瞬間孤立してる人は誰が救うの?」と思っていたし、今やらなければ10年後もやらないと思っていたけど、相手の言うことも正しい。だから何も言えなかった。

 その他の批判も、正しいものもあったし、全く根拠のないこともありました。時々、少しだけ傷ついたり心が折れそうになることもありました。仲間の存在と、応援してくれる人だけが支えでした。そしていろいろ考えた結果、自分にできることは「目の前の人を幸せにすること」しかないのと思ったんです。タスクフォーカスって言うらしいです。自分のやるべきことに集中する。批判は気にしない。

 とは言っても、批判的な声に左右されることもなかったわけではありません。あの人はああ言っているらしい、と気にして方向性を変えようとしたこともありました。でも、その時ついてきてくれる仲間たちも一緒に傷つき、悩んでることに気が付いたんです。

 そうなんです。リーダーが批判を気にしてブレてしまうと、ついていく仲間たちも一緒に気にするし、傷つくんですね。その時に、やめようと思いました。自分たちのやるべきことをやる。批判は気にしない。応援してくれる人だけを大切にする。結構振り切っているように聞こえるかもしれませんが、当時はそんなふうに割り切って進みました。結果、それが良かったように思います。

 ちなみに、実はこれ、ビジネスの手法としてもよく使われているそうです。その一つが「スマホゲーム」。あれって、無料でめちゃクオリティ高いものばかりですよね。スマホゲームの手法は、課金してくれる人を優遇して、課金者、つまり「コアファン」の意見だけを聞くそうです。その手法を取っていると、事業としてうまくいきやすいらしいのです。遠くの人(批判者や、別にあなたに大して興味がない人)の意見は無視して、コアファンの意見だけを大切にしていくことが物事を進める近道になります。

 面白かったのは、その方向性で進んで、しばらく経った頃。少しだけ、僕らの活動で喜ぶ人がはっきりと見えてきて、クラウドファンディングで150人の支援者から135万円集められたり、「次世代の力大賞」という賞をもらえたりしたあたり。批判の声が、圧倒的に聞こえなくなりました。

 そして、時々出ても「いや、それはこうだよ~。」と周りの人が代わりに守ってくれるようになりました。ある程度「誰がその活動で幸せになっているか」が見えさえすれば、批判は出にくくなくなることがわかりました。知名度が芸能人並みに上がった場合はまた別ですが。

 良くも悪くも、社会は結果主義なのだと思います。結果を出してから、それまでの過程を語れる。他人に対しては結果を求めなくてもいいけど、何かを変えたければ、自分に対しては結果主義になること。その「結果」とは、「テレビに出ました~!」とか、「SNSフォロワー増えました~!」などの表面的なものではなく、自分たちの活動で「誰が幸せになったのか」です。これに尽きるんです。

 そこまで行けば大丈夫。たとえいろいろ言われても「でも、ここにいるおばあちゃんは喜んでる。とりあえずそれでいいや」と思える。

 そうです。「思える」んです。結果を出すことで、周りも多少は変わったと思います。でも、ほんのわずか。変わったのは、批判を気にする「僕自身」なんですね。批判を気にしすぎてしまうのは、自分の活動で喜ぶ人を、自分の中でまだ明確化できてないからです。遠くの誰かが批判したってしなくたって関係ないです。あなたの喜ばせたい人が喜んでいれば、それでいいんです。

 批判と向き合って、苦しまなくていいです。その分、今は目の前のことに集中しましょう。批判している人は、大してあなたのことなんて考えていません。批判と向き合うのは、結果を出してからです。

 生き方も同じです。自分を悪く言う人に左右されない。無視する。自分をちゃんと見てくれる人、応援してくれる人だけを大切にする。事業も生き方も、本質は全部同じなんです。

 それから、2:6:2の理論は頭に入れておいた方がいいです。人の習性として、どんな生き方をしても2割の人は、応援してくれる。2割の人には、必ず好かれない。6割の人はどちらでもない。この割合は変わることはないんだそうです。だったら、何をやっても応援してくれる2割の人を大切にした方がいいですよね。

 このことだけでも、学生には早いうちに気づいて欲しいなと思います。

 ちなみに「批判に向き合わないと成長できない」みたいな意見もあるかもしれませんが、気のせいです。すごく気のせいです。成長させてくれる批判(正確にはアドバイス)には愛情があります。ここで言う「批判」とは、その愛情がない、ただの劣等感の押し付けのことです。愛情がある意見は、ちゃんとわかります。それは、誰だってちゃんと受け止めるし、受け止めているはずです。想いを持ってアドバイスをくれる人は、何をする上でも本当に貴重です。僕も、何度も救われました。批判の背景に、その人の劣等感が見えたら、完全スルーで大丈夫です。目の前のことに集中しましょう。

 それでも、結果を出す過程で批判され、苦しむこともあるかと思います。そんな時は、誰か同じような挑戦者に話すことをお勧めします。

 大丈夫です。「今を変えようとする人」は少なからずみんな、批判を受けた経験があります。同じ苦しみを通っています。そんな時は、愚痴りながらビール飲んだっていいじゃないですか。必要なら僕に連絡ください。一緒に飲みましょう。

 若者へのメッセージ①「親と先生も、間違えることがある」

 休憩です。休憩しましょう。この本では、所どころ休憩を挟みます。そして休憩がてら、自由に話します。

 ところで僕、実はこのPart1、山小屋で書いてます。栃木県那須の山に登って、電波の届かないところで、黙々と書いてます。電波の届かないところに山小屋があって、露天風呂あるんですよ。最高でした。何書こうかなと思っていた時に、ちょうど休みが取れそうだったので、前々から行きたかった山小屋宿泊ツアーしちゃいました。作家みたい。絶対無理だわ。もう寂しいし、ラーメン屋さん行きたいもん。

 めっちゃ余談ですが、やっぱり電波のないところいくと、現代社会はいかにスマホに支配されているかがよくわかりますね。時間決めて、この時間からこの時間はスマホいじらない、とかした方がいいんだろうなーとしみじみ思っています。とりあえず22時以降はスマホから離れようかなー。

  本を書くことが決まって、いろいろ話したいことを考えている中で、どうしてもやりたかったことが「若者へのメッセージ」です。僕もまだ若者ですが。概ね、10代から20代の人たちへ。

 えんがおでは、沢山の学生・若者と関わらせてもらいながら活動しています。あと、中学校や高校に呼んでいただいて出前講座をすることもよくあります。若者と関わらせてもらって、その悩みを聞く中で伝えたいと思ったことを話します。 

 まず、僕が学生・若者と関わらせてもらったり、講義をさせてもらう時に必ず話すことがあります。

それが「親と先生も、間違えることがある。」です。人によっては、これが認められなくてずっと苦しんでいる人がいます。

 でもね、よく考えて欲しいんです。「安定した仕事につきなさい」「勉強できないと立派な大人になれない」「ちゃんとしなさい」。これ、おかしくないですか?世の中見てたら、本当はみんな気づいてるでしょ?

 勉強できなくても立派な人、たくさんいること。勉強だけをたくさんして、人の心をみえなくなっている人がたくさんいること。勉強は、とっても大切です。できる限りした方がいいと思います。僕もだいぶ勉強に救われました。だけど、それは立派な人になるためじゃないです。安定のためでもないです。自分の人生の「幸せの総量」を増やすために、勉強が必要なんです。

 僕ね、中学校でいじめられてた時、いじめっ子が自分より成績がいいことを知って、それがなんか死ぬほど悔しくて、勉強たくさんしました。それで進学校に行ったんですが、とっても不思議な世界でした。「国立大学にいくことが正義」という教育だったんです。当時はそれに従うしかなかったけど、今思うとやっぱり違和感でした。いま、進学校の学生がえんがおの勉強スペースに勉強に来て、地域の人たちに挨拶もせずにひたすら勉強だけして帰っていく姿を見て、よくわかります。教育が少し違うんです。大人も、間違えるんです。

 みんなは、「大人は正しい」と、無意識に決めつけてない?

 みんなが何をやりたいかも聞かずに、「国立大学に行く人が偉い」と言う学校の先生を、正しいと思い込んでないかな。みんなのやりたいことを無視して、「安定」が幸せだと決めつけてしまうお父さんお母さんを、「正しい」と思ってないかな。

 大人は大人で、愛があって、心配してくれている。みんなもそれがわかっているから、受け止めるしかないんだよね。矛盾を飲み込んで、大人は正しい、と思い込むようにしている。だけど、大人だって未熟だから、イライラして八つ当たりすることもある。明らかに機嫌が悪くて怒り出す先生もいる。そんなとき、大人を正しいと思い込んでいる人ほど「自分が悪いんだ」という答えになる。

 自分が悪い。自分がダメな人間だから。自分には価値がない。そうして自分に自信がなくなる。そんな感じだよね。

 でも、大丈夫。

 もう一回、ゆっくり考えてほしい。あなたは大人になった時、立派な大人になれそうかな。学校の先生は最短で22歳くらいでなるよ。人によってはもっと早いかも。あなたがそれくらいの歳の時、立派な先生になれそうかな。正しい親になれそうかな。

 ぼくには無理です。やっぱり生徒にイライラしちゃうかもしれない。間違ったことを教えてしまうかもしれない。だけど、みんなもそうでしょ?「大人」って、僕らが思うほど完璧じゃないんだよ。間違えることもあるんだ。

 それを正しいと思い込んで、「自分が悪い」という結論にして、自信をなくさないでほしい。あなたを傷つけた親や先生は間違ってたんだよ。あなたは悪くなかったんだ。

 この話は、僕は別の本で知ったんだけど、ずいぶん心が楽になった。この話を話したうちの何人かは、泣いていたかな。素直ないい人ほど、「大人は正しい」と思い込んでいるみたい。

 大人がみんなに「安定」や「正しい」を押しつけない社会になるには、もう少し時間がかかるかな。ごめんね。僕も大人としてもっと頑張って、周りに伝えていきます。

 大人は大人で、不安定な社会で大変な思いをした分、みんなには安定した環境にいて欲しいんだよね。それは、決して悪いことではない、深い愛情だよね。

 だけど、安定より、みんなの「やりたい」が大切だからね。たとえ失敗しても、やりたいことが見つかっていれば、それすらも幸せだからね。親や先生と衝突するかもしれないけど、やりたいことがみつかったら、どうか追い求めて欲しい。

 ちなみに、みんなの希望を家庭内で通したいと思った時、part1の「オセロの角理論と相談」が使えるかもしれないからやってみて。うまく行くとは限らないけど、どうせやるなら戦略的に相談してみよう。

 今の社会は、少し極端すぎる社会だと思う。真っ白だけが認められて、少しでも黒いと存在できないような圧力があって。正解ばかりが求められて、とても息苦しいよね。だけど、人間なんて本当はもっともっとグラデーションです。白い時もあれば黒い時もあるし、うっすら白かったりうっすら灰色だったり、良いと悪いの間だったり。

 みんなもどうか、社会の極端さに押されてしまうことなく、自分と他人のグラデーションを受け入れていってください。その方が楽だからね。

 もし、この話が響いたら、みんなにして欲しいことが2つあります。

 1つ目。身近で同じような悩みを抱えてる人がいたら、教えてあげてね。親と先生だって、間違えることもあるらしいよって。その人が自分を責めてしまわないように。

 2つ目。自分が大人になった時、子どもたちにはっきり言おう。自分は間違えることもあるからごめんねって。完璧な大人にならないように注意しようね。完璧でいようとする大人だと、子どもはまた「自分が間違ってる」と思ってしまうからね。ダメなところも、どんどん子どもに見せていいと思う。

 3つ目。何か嫌なことがあって、全部やめたくなった時。溜め込まなくていいから、濱野まで連絡ください。ラーメン食べましょう。

 4つ目。この本のレビューが荒れていたら、どうか助けてください。そして僕をなぐさめてください。

Part2.地域活動をビジネスにするために  

「えんがおのビジネスモデル」ー 社会貢献でお金を稼ぐ ー

・初月売上500円から平均年収に至るまで ーおじいちゃんの頭皮に罪はないー

・この本で言いたいことの97.35%はこれ

・地域課題解決は、スモールビジネスの積み重ね

・穴の開いたコップじゃ安心してビールを飲めない

「えんがおのビジネスモデル」ー 社会貢献でお金を稼ぐ ー

 このパートでは、お金の話を沢山します。

 実は、「社会性」×「経済(ビジネス)」は、今後欠かせないキーワードとして世界中で言われていることでもあるんです。少し小難しくなりますが、ドイツの有名な哲学者「マルクス・ガブリエル」さんは、資本主義(利益優先)の社会はから、「倫理資本主義」の社会にシフトする、と語っています。利益だけではなくて、そこに「倫理観」、つまり、社会的にも良いことをしながら利益を生んでいく活動が必要になってくる、という考え方ですね。

 この話は、日本でも内閣府のHPにしっかり掲げられています。「Society 5.0」といって、「経済発展と社会課題解決の両立する社会」に向かっているのだそうです。この世界的流れの文脈を読み解くと、一般企業がもっと社会性を持つ必要があるのと同じように、地域づくりなどの社会的活動は、もっと「経営」を強めていく必要があります。なので、学生さんには少し生々しいかも知れませんが、今後こういった活動をする時には、「経営」や「お金を稼ぐ」ことから目を逸らしてはいけない、と知っておいてください。 

 えんがおについてよく聞かれる質問のうちの一つが、「経営は成り立っているんですか?」です。 「どんなふうに成り立っているか」と「どうして成り立っているか」についてお答えします。まず、簡単に言うと僕は今この仕事で30代の平均年収+αくらいはお給料をもらっています。そしてかなり幸せに生きています。なので「なんとか成り立っているんじゃないですかね。知らんけど。」という回答になります。

 一般社団法人えんがおは、2021年の5月で4年が経ちました。経営的には5期目に入っています。4期目の1年間では、事業規模は  ここまで