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不確実な世の中を、若者はどう生きればいいの?“若者論”について、支援の現場で働く二人に話を聞いてみた

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価値観や選択肢が多様化したことにより、有名大学に進学して大手企業に就職し終身雇用で安定した暮らしを…というかつての保証されたルートがもはや通用しにくくなっている今の時代。転職や業務のオンライン化が当たり前となった俗に言うニューノーマル時代では、学生時にスタートアップを立ち上げる方や田舎でフリーランスとして働く方、副業をして収入を得る方や好きな場所で好きな時間に働く方など、「この道を行けば正解」「この生き方をすれば安泰」というものはどこにもないと感じてしまいます

可能性や自由が広がっている半面、同時に自己決定や自己選択の比重が多くなりつつある社会。

そんな社会では、やりたいことや意思が重要になってきます。とはいえ、いきなり手探り状態で“自分のやりたいことを見つける”というのも難しい…。さらに追い打ちをかけるように新型コロナウイルスが流行し、行動制限が強いられるなかで「やりたいことが分からない」「進路に迷う」といった声を聞くことも増え、やりたいことがまだ見つかっていない若者にとってはある意味生きにくい世の中になっているのでは?とどうしても思ってしまいます。

そんなもやもやを感じながら、ふと思いました。過去の若者と今の若者はどう違うんだろう?若者は答えのない今の社会をどう生きればいいんだろう?大人は悩んでいる若者をどう受け止めればいいんだろう?と。

そこでそのヒントを得るために、約10年もの間、若者に寄り添いながら一歩踏み出すための支援を行っているNPO法人とちぎユースサポーターズネットワーク 代表理事 岩井 俊宗(いわい としむね)さんNPO法人トチギ環境未来基地 代表理事 塚本 竜也(つかもと たつや)さんにお話を聞いてみることにしました!

今回お話を伺ったのは…

NPO法人とちぎユースサポーターズネットワーク 代表理事 岩井 俊宗(いわい としむね)さん
1982年生まれ。栃木県宇都宮市出身。2005年宇都宮大学国際学部卒業後、ボランティアコーディネーターとして宇都宮市民活動サポートセンター入職。NPO・ボランティア支援、個別SOSに従事。2008年より若者の成長機会創出と社会課題の解決に向けて持続的に取り組む人材を輩出し、若者による社会づくりの加速を目的に、とちぎユースサポーターズネットワークを設立。2010年NPO法人化。代表理事を務める。その他、認定NPO法人宇都宮まちづくり市民工房理事、栃木県協働アドバイザー、一般社団法人とちぎニュービジネス協会議理事、文星芸術大学非常勤講師等、他多数。

NPO法人トチギ環境未来基地 代表理事 塚本 竜也(つかもと たつや)さん
1976年広島県生まれ。1999年、アメリカ・シアトルのEarthCorpsでの経験を経て、日本での活動を夢みる。NPO法人NICE(日本国際ワークキャンプセンター)での中長期担当などを経て、2009年にNPO法人トチギ環境未来基地を設立。2011年、東日本大震災により被害を受けたいわき市の海岸林再生プロジェクトを始動。フクシマ環境未来基地を設立。

まずは「岩井さんと塚本さんって一体何者…?」ということで、お二人の経歴などについて伺います。

目が見えない人からのSOSが、若者の“突破力”を見出すきっかけに

岩井さんと塚本さんの出会いは、遡ること16年前。当時は若者を支援するという動き自体をしている人が少なく、社会的なテーマにも設定されていませんでした。岩井さんは中間支援センター、塚本さんは若者支援の現場で働くなかで、「3年間NPO法人で働き続ける人がいない」という共通の課題感を感じていました。なぜかというと、答えのない社会課題に立ち向かうという性質上、雇用環境が良くなく燃え尽きてしまう人が多かったから。

この時岩井さんは仲間が辞めていってしまう寂しさを痛感し、塚本さんと課題意識を共有するなかで「社会課題解決に立ち向かうNPO法人が職業として成り立つ社会にしなければ」と思い、NPO法人とちぎユースサポーターズネットワークを設立しました。

前職では、「窓口で団体の相談に対応すればいい」「ボランティア登録すればいい」っていう業務ルールに則って仕事してたんだけど、それだけだと全然面白くなくて。「ボランティアしたい」っていう人が来ても、登録名簿が分厚くなっていくだけでその後何か提案するでもなく、ずっと眠ってるだけ。それってすごくもったいないなって思って。当時は登録団体が約440件あったんだけど、そこに片っ端から電話をかけて、「どんなことをしているのか」「どんなことをしていきたいのか」について直接会って話を聞くっていうことを始めたの。

あとは、行政の政策で支え切れないSOSを受け付けて解決するっていうことをしてた。そこで「目が見えないけど自転車に乗りたいんです」っていう相談が来たこともあったな。

目の見えない人が?

一聴すると無茶だなって思うでしょ。でもそれを学生に相談したら、「面白いですね」「どうしましょうか」ってアイデアを一緒に考えてくれて。「公園で貸し出ししているサドルが二つある自転車を借りて街中で走らせよう」っていう案が出たんだけど、そもそも道路交通法で二人乗りは禁止されてるから難しくて。そしたら警察と取り合ってくれる方が現れて、街中で目の見えない人と自転車に乗るっていう景色が実現できたんだ。

すごく素敵な景色ですね!

この時、若者には地域課題に触れたときにどうにか解決しようとする“突破力”があるなって感じて。ただ、若者は日ごろ地域課題やSOSの声に触れる機会がない。その接点が目に見える形であったらアクションを起こしたいと思う若者がもっと増えるだろうなと思って、地域課題と若者とをつなぐ仕組みをつくるためにNPO法人とちぎユースサポーターズネットワークを立ち上げました。

39歳以下の若者を対象に立ち上げられたNPO法人とちぎユースサポーターズネットワーク。就学・就労していない若者や不登校・引きこもりの若者を対象に社会参画活動を行う『とちぎユースワークカレッジ』や、起業家や経営者にインタビューを行い交流会を企画・開催するインターンシッププログラムなど、「一歩踏み出したいけれど機会がない」という若者の支援プログラムを展開してきました。

一方で、予算の関係から不登校・引きこもりの若者を対象にしたプログラムに比重が偏ってしまい、『とちぎユースサポーターズネットワーク=元気がない若者を支援している団体』という認識が広がってしまったそう。岩井さんはその重要性を理解しつつも、「課題解決に立ち向かう若者を育みたい」というかねてからの想いのもと、2011年度に対象者が異なる事業との切り離しを行いました。

そして、東日本大震災時のボランティア活動、中小企業と若者とをつなぐ実践型インターンシップ、県外の若者が参画できるUIJターンプログラム等、課題解決に立ち向かう若者のフィールドを多数用意したのです。

「なにもない」は大きなチャンス。NPO法人の創成期に立ち会い、時代の流れをつくってきた

塚本さんは、大学卒業後に渡米し、帰国後は都内で国際ワークキャンプを行うNPO法人NICEの職員として働いていました。国内外に行き、共同生活を行いながら現地の方と一緒に活動を行うプログラムを展開するNICEには、なんと約1,300人もの会員がいたそう。

今となっては、ネットのない時代にどうやって人集めてたんだろうって思うよね(笑)「誰かの力になりたい」という人たちが湧くように来るような、そんなエネルギーのある団体だったんだ。25歳の頃に事務局長になって新規事業を創るようになったんだけど、機会さえつくればエネルギーにあふれた若者は沢山集まってきて。今ほど先のことばかりロジカルに考えずに、「みんなで議論してとりあえずやってみる」っていう熱量はあったのかなって感じてる

塚本さんは、どうしてNPO法人NICEの職員に?

里山や森で実際に若者と長期間一緒に現場に入るっていうプログラムをつくりたくてこの団体で働き始めたんだ。だけど、初任給は8万円だよ。都内にオフィスがあって都内で生活しながら8万円って、今考えたらどうやって生きてたんだろう…(笑)狭いオフィスにスタッフが4人いて、自分は少年マガジンを積んでその上にパソコンを置いて仕事してたの。

労働環境や給与よりも「自分のやりたいことで少しでもお金がもらえるんだ」っていう喜びの方が大きくてさ。与えられた環境が整いすぎていたら工夫も努力もできなかったと思うから、“なにもない”ことは自分にとって大きなチャンスだったんだよね

1990年に設立、2000年にNPO法人となったNICE。大学1年時に国際ワークキャンプに参加し、23歳で職員、25歳で事務局長となった塚本さんは、「職員を雇って活動を運営するNPO法人をこれから自分たちでつくっていこう」と希望に満ちあふれていました。その後、NPO法人のテーマが『国際・子ども・福祉・女性・貧困・環境』などと細分化したことにより「社会課題をより細かく捉えて声を上げる」という役割が生まれた一方、専門領域を限定してしまうが故にその他の課題が見つけにくくなってしまうという弊害を感じていたそう。

そこで塚本さんは、様々な地域に国内外の若者を連れて行き、それぞれの現場にある社会課題に触れるワークキャンプを実施。多様な取り組みや課題に触れ、「どうしたらいいんだろう」と若者とともに考える機会を広くつくっていきました。

2004年頃から、「うちの子がこんな状態で家から出られないんです。プログラムに参加できますか?」っていう親御さんからの相談が増えてきたの。当時は「どうして親御さんが電話してくるんだろう」って意味が分からなかったんだけど、よくよく話を聞いてみると、子どもが不登校や引きこもりで社会とつながれていないとのこと。

ボランティア活動の良いところは、気持ちさえあれば誰にでも対等に参加できる上、共同生活が伴っている性質上『みんなで楽しく』ということが共通認識としてあるので、元気がない子や話さない子がいたら仲間に入れようという力が自然と働くところ。その中に入ると輝きだす子もいるなっていうことを感じてて。一方で、「自宅から出られない子がボランティア活動に行くなんてやっぱり難しい」とか、より深刻な状況だということにも気がついて

当時は“ニート”っていう言葉が社会に出始めて問題になっていたので、3カ月間共同生活をしながら社会活動を行い、もう一度社会とつながるっていう事業を厚生労働省が始めたの。それに提案・受託して栃木県市貝町の建物を借りたんだ。

その頃、「“若者”とひとえに言っても色々な状況の若者がいるけれど、本質的には変わらない。たまたま周りに良い大人や友人がいなかったという、それだけの微々たる差で社会への期待値やエネルギーは変わるんだ」と改めて思って。いくら仕組みをつくったところで、人と人とが真剣に接し合わないとそこは変わらない部分なんだよね。だからこそ、もっと偶然の出会いや機会をつくっていきたいなと思うようになったんです

栃木県に来て岩井さんと出会った塚本さんは、若者の感性や行動力を活かしながら課題解決を目指すNPO法人の在り方を語り合い意気投合。そこから、NPO法人とちぎユースサポーターズネットワークの構想をともに考えつつ、「若者が自然を舞台に活躍をする現場をつくりたい」という想いのもと、若者を中心に森づくり活動を行うトチギ環境未来基地を設立しました。

アメリカで目の当たりにした、若者が社会参画して成果を残すプログラム。なぜ若者が多く参加しているのかというと…

竜也さんは、アメリカにあった“若者が再チャレンジできる仕組み”を日本でもつくりたいと思ったんですよね?

そうそう。『人はお金だけじゃなくて善意で動く』っていうところを色々な人を見て感じてたから、NPO法人でチャレンジしようと思ったの。特に若者は純粋な気持ちで行動につながるでしょ?それが多くの人たちの笑顔になっていく。この市民の力が社会課題と直接結びついたらきっと社会はよくなるっていう大きな理想を描いてたんだ。

とはいえ、ボランティアに行ってどれだけのことができるかなって考えたときに、社会に大きなインパクトを与えられるかというと疑問だなと。それで、若者が集って成果が生まれているプログラムに参加してみようと思ってアメリカに行ったの。そこでは2万人を超える若者が約1年間活動しているんだけど、実際に2万人もの若者が動くってすごいよね。「年間何百本の木を植えました」「2,000カ所の自然公園を整備しました」とか、若者の力でしっかりと国土を守り、未来をつくるっていうことを目の当たりにしたんだ

2万人も!アメリカでは、それだけ環境意識やボランティア活動に対する熱量が高いということなのでしょうか?

実は、アメリカは格差が激しい国で、どんなに勉強を頑張ったり大きな夢を持っていても経済的な理由で大学に進学できない若者が結構いて。でも、このプログラムに参加してやり切ると、大学に進学するための給付型の奨学金がもらえる制度を採用してるのね。つまり、経済的な理由で選択肢が限られてしまっていても、地域社会のために1年間頑張ると自力で大学に行くための道が拓かれる。「それで若者の参加者が多いのか!」ということが分かったし、アウトローな方向に向かってしまった若者がプログラムに参加することで、もう一度社会とつながるという位置づけにもされていて

当時の日本はバブル期で裕福だったんだけど、ゆくゆくは経済的理由で選択肢が限られてしまう若者が増えるだろうなと感じていたので、地域活動に参加することによって自分で道を拓いていけるシステムを持ちつつ、若者の力で課題解決に挑んでいけるようなプログラムができたらいいなと思ったんだ。今もそれを目指してるところ。

当時「本当にすごいな」って思ったのが、竜也さんが事務局長をやってたNICEっていう団体は自力で8,000万円集めるチームだったのね。勢いだけじゃなくて、論理的に裏付けて思考できるっていうところで自分との違いを感じてて。自分は勢いと熱量で「やればできる!」っていう感じだったから、30歳になる頃にはこうなりたいって思ってた。

東京にいた頃は、NPO法人で働いている人が周りにすごく多かったんだよね。事業を組み立てる計画性とかアイデアが秀逸で、仲間を集めるために自らどんどん営業に行くの。そういう人を沢山見てきたから、栃木に来たときに「みんな受け身だな」っていう印象があって。「チャレンジしてる若者に中々出会えないな」って思ってたら、岩井さんがいた。そこで「東京はすごい」っていうことじゃなくて、「自分たちでお金を生み出して今やるべきことを柔軟にできるような組織が必要だよね」とか、色々な話をして。

「自分たちで財政基盤をつくって長期計画が立てられる組織を」と思ってはいたものの、「じゃあどうやってつくる?」というところを一緒に考えられる仲間はいなかったから、岩井さんと具体的な話ができたのは大きかったかな

今の社会には“ロマン”が減った?

“NPO法人を事業として成り立たせる”、いわゆるソーシャルビジネス領域をつくってきたのですね。まさに時代の流れのなかで考えてきたという印象を受けました。お二人が関わってきたかつての若者はチャレンジ精神にあふれている印象を受けるのですが、肌感で感じる今の若者とかつての若者との違いってありますか?

本質は変わってないと思うけど、使う道具が変わってきてるっていうのはあるよね。それで言うと、若者が見えにくくなってるって思うかな。日常的な情報発信がスマートフォンの画面上で行われるようになったから、息遣いやリアルな声が昔よりもキャッチしづらくなってるな。あと、SNSでも知り合いだけフォローするとか、知らない人に対しての自己開示のハードルが高くなってる気がする。自分が今年40歳だから、「40歳には見せられない」っていう心理もあるのかな…(笑)竜也さんいかがですか?

そうですね~…。今は、“行かなくても分かる”っていうことが多いと思うんですよ。意味不明なところに飛び込むという経験が、圧倒的に減ってると思う。

たしかに…!お店に行く前なんかも、まず「本当に美味しいか」「雰囲気はどうか」「口コミはいいか」など、検索して情報を集めちゃいます。

そうだよね。“検索”というものによってあらかじめ情報を得ることが、若者の行動を狭めている要因のひとつになってるのかなって思うの。ロマンが減ったと思うよね。昔は、予想していなかった人やお店、ものに出会うわくわくがすごく多かったし、自分しか経験してないことを他の人に楽しく伝えるっていうことが今よりもできたと思うの。「あの会社はブラックだ」「あのお店の雰囲気は良くない」とかさ、検索することで得られる情報も多いと思うけど、まだ経験していないのに知りすぎてしまうことは行動制限につながってしまうのかなと。

ふむふむ。

あとは、自分たちの時代は“論破”っていう概念自体がなくて、おかしなことを言われても「負かしてやろう」ってみんなあまり思わなかったんだよね。それがなかったから、挑戦することに抵抗感を感じにくかった。今は、正しい答えを求めすぎてしまうと思うの

でも、世の中って本当に意味が分からないから、むしろ正解を探す方が難しくて。恋愛だってそうじゃない?調べても分からないからこそ、「じゃあどうしたらいいんだろう」って考えたり行き当たりばったりで悩んだり、そういう経験が人の心を大きくすると思うんだ。特に今の若者は本当に優しいから、環境的に苦しいと思うこともきっと多いんだろうね。

むしろ、失敗した方がいい!“論破”や”否定”のない、挑戦する若者の背中を押せる寛容な社会に

時代の変化によって自己開示の範囲や方法、行動に至るまでの情報収集等、様々な変化があったんですね。SNSには監視効果もあるので、周りにどう見られてるか無意識に気にしすぎてしまうっていうこともあるのかもしれません。ちょっと気になったのですが、そもそも“若者と大人の違い”ってなんでしょうか…?

自分の定義だと、“無謀さがあるかないか、かな。枠の中でもしっかりできるか、枠の外に飛び出してみたくてしょうがないか、みたいな。変な心配をかけつつも外に出ていく力を持っているのが若者、その環境を整えたり管理するのが大人の役割かなと思ってるけど、古いかも(笑)

でも、年齢じゃないことは確かだよね。子どもみたいなおじさんとかいるじゃん。自分が若いかと言われると、気持ち的には若いけど社会的には若くないんだよね。

そうなんだよね。

ある時から、逆算するようになるんだよね。例えば、昼休みにサッカーしたいなと思ったときに、「この30分間全力で走ったら体力がこのくらい消耗して、夕方の仕事に耐えられなくなるぞ」とかね。そんなことを考え出したらもうやばいなって思うよね(笑)子どもの頃ってさ、数分間の休憩でも外に出て遊んでたりしたじゃん。あのエネルギーを失っちゃいけないと思う。結果が分かることしかやらない、想定の範囲から出られないとかは、多分そういうことなんじゃないかな。

自分が若い頃に言われて支えになったのが、「失敗するのは若者の特権なんだからどんどん失敗した方がいい」っていう言葉。今は失敗を責められたりやる前から「やめた方がいい」なんて言われてしまうけど、それは社会の懐の狭さだと思うんだよね。昔は、大人は若者のことなんて今ほど気にも留めてなかったよね。

メディアの報道やSNSでの炎上騒ぎも相まって、「失敗したら烙印を押されるんじゃないか」「もう二度とフィールドに立てないんじゃないか」とか、挑戦しづらい空気はあるよね。本当はそんなことないんだけど、そんな“恐怖観念”に縛られてる感じがしちゃって。結果はどうあれ、失敗したら笑ってあげたい、挑戦したことを褒めてあげたいって思うんだよね

若者のチャレンジの成功率を高めること、小さな成功体験を重ねて大きく拓けるように支えることは間違いなく大切なことなんだけど、『失敗を失敗で終わらせないように支える』っていうこともすごく大切なことなんだよね。失敗して学べることが沢山あるからこそ、転ばないように支えすぎるのも良くないんだろうな、と。

一直線に成功させるモデルを求めすぎてしまうと、若者たちは委縮して小さくまとまろうとしちゃうんだよね。だから、「分からないけどとりあえずやってみたら」って言って、もし失敗したらそこから何を学んだのか、今度はこうしていけばいいんじゃないかというような支え方を考えたいな。

不確実な世の中だからこそ、“ヒーロー”を期待しちゃうんだよね。そうなるとヒーローっぽい人にフォーカスして、「自分もこんな風に生きなきゃ」っていう力が働いてしまう。そうじゃなくて、「生きてるだけで素晴らしいじゃん」っていう空気をもっとつくりたいんだよね

自分の失敗の定義は、“掲げた理想を達成できなかった”ということ。若者は大人と比べてどうしても経験値が少ないから、「願望が大きくてたどり着けない」っていう乖離で必然的に失敗しやすいと思うの。ただ、失敗することで誤差の範囲が見えるようになるし、「もっとこうしたら良かったかな」という振り返りのなかで描いているものに近づいていける。失敗は単に理想にたどり着かなかっただけのことだから、その夢の大きさは変えてほしくないな

“覚えていてあげること”と学びを実生活につなげられる“手ざわり感”がキーワード

お二人の話を聞いていると、「とりあえずやってみよう」という気持ちが自然と生まれます…!失敗は若者の特権でもあるんですね。とはいえ、一歩踏み出せない人も沢山いると思うんです。大人は、悩んでいる若者をどう支えるべきなのでしょうか?

大切にしてることは、“変化に気づいてあげられるくらい継続して関わり続けること”。やっぱり自分のことを覚えてくれている大人がいることが重要だなと思ってるし、そういう役割を果たしたいね。「岩井のところに行くとなんでも受け止めてくれる」とか、それだけで安心感につながると思ってて。何かを教えたり与えてあげるんじゃなくて、覚えていてあげられる人でありたい

“学んでいることと実社会との接点をどうつくれるか”だと思うんだよね。昔の百姓さんは自分の手や足を使いながら知恵を生むことを日ごろやっていたから、できることが100個くらいある。それって格好いいなって思う人もいると思うの。やったことがないと「自分にはできないんじゃないか」って思ってしまうけど、実は機会さえあれば誰でもできることで。

竹かごを編めるかもしれないし、動物を育てられるかもしれないし、停電したときに明かりを灯すことだってできるかもしれない。そういう学びと自分の実生活との接点をどうつないでいけるかっていうことは大切にしてるかな。昔から地域社会のなかで生き方を磨いてきた先人のスキルに触れることは今の若者に必要なことなんじゃないかなと思うと同時に、そういう機会を提供できる人でありたいなと思うんだよね

すごく同感。情報よりもわくわくするとか楽しいとか嬉しいとか、これからもっと“感性”に重点が置かれるようになるだろうな。

あとは、“自分の判断基準や価値基準をどうつくっていけるか”だと思う。例えば、海外に行って物乞いをしてる子どもを見て「この世界は間違ってる」と思ってNPO法人で働く人たちって昔はすごく多かったのね。目の前に子どもが来て「これちょうだい」って言ってきたとき、どう向き合えばいいのか分からない。「ここでものを与えたとしてもその子の人生は変わるわけではない」とかさ、そこで初めて解決困難な世界の歪みと向き合うわけでしょ?その子の表情や仕草や声など、具体的なあれこれを脳裏に焼き付ける。それで「貧困が世界的に問題になっている」と考えるのと、「あの子いまどうしてるかな」と考えるのとでは雲泥の差があると思うの。

そんな風に社会を見れる自分の体験を、若い人にはいっぱい持っていてほしいなって思うんです。社会のルールはだんだん細かくなってるけど、「周りがこうだから」「基準がこうだから」というものを自分の価値基準になんかしなくていい。もっと社会は個性や多様性、情熱の行方をしっかりと見ていくべきだし、一概のルールや規則に当てはまらないところで輝く人は多いはず。寄り添うっていうことは、“枠で捉えずに人を見る”っていうことだと思うな

“時間を忘れられる経験”ってすごく大切で。やりたいことがあってもなくても、純粋な心の動きに従って、時間を忘れて没頭できる時間を若い時にこそつくってほしいと思うよね。

やりたいことってぼんやりしてていいんだよね。やっているうちに「上手くいかないな」「この問題にはこういう背景があるんだな」とか、今まで知らなかったことを知ってそれを掘り下げていくわけで。ぼんやりとしたやりたいことに行動が伴って、初めて本当にやりたいことに出会うと思うんだよね

具体的な目標ややりたいことがなくても、とにかくやってみたら見たことのない・触れたことのないものに出会って、そこからやりたいことが見つかるルートもあると思うから、ぼんやりしてることに対して恐れることはないよ。まだ出会っていない、動いていないだけ。

色々な若者を見てて、やっぱり“体感する量が成長の速さに影響する”と思ってて。想像してもやもやするのと実体験を通して気持ちが揺さぶられてもやもやするのとでは全然違うと思うし、そこは時代が変わっても揺るがない価値になると思うな。

大切なのは“今、この瞬間”。体感しながら、社会の基準に振り回されない自分の基準を養ってほしい

「ぼんやりしてていい」という言葉になんだかすごく救われました。絶対にこれをやる!とあらかじめ決めるのではなく、とりあえずやってみて気になったら深めていくっていうルートの方が生きやすいなあ…。これを機に、苦手な料理にもっと挑戦してみようと思います!(笑)最後に、若者にメッセージをお願いします。

“あるべき論すべき論を外して、色々な生き方や暮らし方に触れてみてください!

それってどうしたら外せるのでしょうか?

色々な大人と出会うといいよね。昼間からお酒飲んでる人もいるでしょ?それでも生きていけるし、なんなら仲間と一緒にいて楽しそうだもん。そういう生き方があってもいいと思うな。

未来のことをあまり考えすぎない方がいいんじゃないかな。老後や数年後のことばかり考えていても社会の変化の方が早いし、思い通りになることなんて少ないからこそ、時代に柔軟に対応できる判断基準やスキルをどう養っていけるかということを考える方が大切だと思うの。

「こういう仕事に就かないと社会的ステイタスが…」とか、そういう生き方って楽しくないじゃん。相対的な比較でしか自分の評価ができなくなってしまうと何かあったときに辛いし、「これをしている時が楽しい」「誰かに喜んでもらえたら嬉しい」っていう純粋な気持ちをやっぱり大切にした方がいいと思ってて。

一方で生きていくためにはお金が必要だから、「じゃあどうやって収入を得ていくか」と考えることもすごく大切で。収入は可処分所得1の部分が大きくて、「沢山稼がないと」という思考になると一生稼ぎ続けなければならなくなってしまうから、「どうしたら可処分所得を大きくできるか」って考えた方が生きやすいんじゃないかなと思ってて

例えば、月給が20万円で家賃が6万円だったら、14万円も自分で使えるお金がある、とかね。経済が沈んでる状況下においては、むしろそういう発想の方がいいんじゃないかな。「畑やってみよう」「友人と闇鍋しよう」とか、コストをかけずにできる楽しいことって沢山あるじゃない。それを他人に「そんなに貧乏臭いことをしてなにが楽しいんだろう」っていう目で見られても、「別に関係ないよ、楽しいんだもん」って思えれば、それはもう突破してると思うんだよね。だから、「このくらい収入がないとこういう風に見られてしまう」「これが幸せの形だ」っていうものを一回取っ払えばいいと思うんです

そして仮に「自然が好きだから林業をやってみたい」と思ったとき、「そんなに危なくてお金にもならないことをやってどうするの」って親に言われて負けることがほとんどじゃん。でも、「地球が緑であるためには大切な仕事なんだ」「お金を多少もらいながら貢献していくんだ」と考えることができたらやる気がアップするかもしれない。そんな風に、自分のやる気やエネルギーが出るところを見つける方が良くて

「自分を押し殺して50万円稼いだけど今月もほとんど笑ってないな」とか、そういう人生って嫌じゃない。“何で判断するか次第だなと思うし、それを見つけていけばいいと思うの。そのためには頭で考えても分からないから色々なことに挑戦してみて、そのなかで「お年寄りに喜んでもらえて嬉しいな」「得意なことで誰かに感謝されるって幸せだな」とか、そういう“体感”がすごく大切になってくると思うんです。だから、色々やってみな~!

変化が激しい社会を生きるためには“臨機応変に対応できるかどうか”が重要だと思ってて、その臨機応変さは体感した量によって培われるものだと思うのね。情報のなかだけで生きてしまうと、急な事態に対応できなくなくて。

“体感”には物事をポジティブに捉える力があるから、イメージでは辛そうでもやってみたら意外と楽しいとか、こうすればもっと良くなるとかさ、やらないと分からないことって沢山あると思うんだ。

それでもやりたいことが分からないときは、「これはやりたくない」っていう消去法でいいと思うんだよね。例えば、「誰かを傷つけてまでお金を得る仕事はしたくない」「PC上で人間関係が完結する仕事はしたくない」とか。自分が向いていない・やりたくないことを外して残ったことは、意外と自分が好きなことだったりするんだよね。自分に嘘をつかないといけないしネガティブな気持ちから1日が始まるからさ、やりたくないことをやるほど辛いことはないじゃない。そうじゃなくて、せめてやりたくないことじゃないことを選ぶっていう選択も大切な気がするかな。

沢山の素敵なお話を、本当にありがとうございました!

岩井さんと塚本さんにお話を伺って、若者が抱える生きづらさやもやもやの正体が少しだけ分かったような気がしました。帰り道はなんだか気持ちが晴れやかで、「常識なんてないんだ!周りの目を気にせずに、やりたいことにいっぱい挑戦していっぱい失敗しよう!」と思うことができました。仮に失敗したときは、その結果を責める人ではなく過程を褒めてくれる人と付き合えばいいんだ、とすっと肩の荷が下りたような気がしました。辛いときこそ岩井さんや塚本さんの言葉を思い出してほしいものです。

“経験値の差から若い頃に失敗するのは当たり前。それよりも、失敗したからこその学びが次に活きる”という言葉の通り、新しいことに挑戦すると必ずと言っていいほど伴う失敗に怖気ずに、「やってみたい」という心の動きにもっと純粋になってみようと思った森谷でした。

まずは日々に偶然の出会いとわくわくをプラスする“ロマンのある生き方”を実践するために、街中でいいなと思ったお店にふと足を止めて入ってみようかな…。もちろん、スマートフォンで検索せずに!