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「自分の物差しを変えることで、面白い発見があるかもしれない」。既成の枠にとらわれない自由なアート作品を展示する“もうひとつの美術館”

里山に囲まれたゆるやかな坂を上ると、趣のある廃校が姿を現します。

ここは、アール・ブリュット、アウトサイダー・アート1を主なテーマに掲げる日本で最初の美術館。名前はもうひとつの美術館といい、「みんながアーティスト、すべてはアート」をコンセプトに春・夏・秋の年2〜3回の企画展やイベント・ワークショップを行うほか、カフェ&ギャラリー[M+cafe]、ミュージアムショップを運営しています。

現在展示棟では、北海道の美しくも厳しい自然環境と共存しながら、大地に根ざし、強く、たくましく、生命力あふれる独特な文化を創り出してきた“道産子2”たちによる作品の数々を展示した『どさんこ力(りょく)』という企画展を開催中とのこと(2023.7.14〜11.12)。

北海道には一度足を運んだことがある私。冬の美しい風景や温かな地元の方々に魅了された思い出を胸に、企画展に伺ってみることに。

鳥のさえずりや木の葉が風に揺らぐ音に癒されながら校舎に足を踏み入れます。

入り口の扉を開けてすぐ、カラフルで楽しいアート作品の数々がお出迎え

館内は昔ながらの様相が守られたどこか懐かしい空間。時間の流れがゆっくりになったような穏やかさを感じます。時折、木造校舎ならではの床の軋む音が心地よく鳴ります。

懐かしさを感じる廃校
受付で入館料を支払い、いよいよ展示棟へ
落ち着いた雰囲気の展示棟

展示室に入ると、シールでつくられた立体模型や花や植物をモチーフにした鮮やかな刺繍、力強い色鉛筆での表現や繊細な切り絵など、型にはまらない自由な作風の作品がずらり。

企画展の様子

自然と笑みがこぼれる作品や「これはなんだろう?」と立ち止まらざるを得ない作品、背筋がピンと張るような緊張感のある作品まで、様々な表現の作品が並んでいました。

その時の心情や観る人によっても受け取る印象が変わりそうで面白い。インスピレーションや感性をもとにつくられた作品も多く、想像力が掻き立てられます。

キャプションには制作活動の背景や作家の物語が書かれていて、「どのような作家がどのようにこの作品をつくったのか」というイメージがありありと浮かびました。

特に私は、とある作品に書かれていた「あったものはいつか皆消えるのです。ただ他人にはそうは思えなくてもこれは、ハッピーエンドなのです」というメッセージが深く胸に沁みました。

みなさんも、ここでハッとするような気づきを与えてくれるメッセージや作品に出会うことができるかもしれません。

『アイヌ刺繍アミップ展』も開催中@カフェ&ギャラリー[M+cafe](2023.7.29〜8.19)

作品を観終えた後、館長の梶原 紀子(かじはら のりこ)さんにお話を伺ってみることに。

もうひとつの美術館 館長 梶原 紀子(かじはら のりこ)さん
NPO法人『もうひとつの美術館』館長。東京都出身。1998年に那珂川町に移住。2001年に『もうひとつの美術館』を設立。明治36年建築の旧小口小学校の建物を活用し、ハンディキャップのある芸術家の美術作品を主に展示している。

どの作品にも共通する“強さ”。北海道でたくましく生きる人たちを紹介する『どさんこ力(りょく)』の魅力

どうして『どさんこ力(りょく)』という企画展を開催しようと思ったのでしょうか?

戦中・戦後を生きてきた林田 嶺一(はやしだ れいいち)さんの作品がきっかけです。彼は満州で生まれ、父親が亡くなった後に引き上げ船の中で終戦を迎え、母方の親戚を頼って北海道にたどり着きました。“大地のありよう”を感じさせる方だったので、その生き方をクローズアップしたいと思ったんです。

満州から日本へと引き揚げる12歳までの体験や場面を描いた林田さんの作品

それに、北海道にはアイヌ文化3に開拓という形で様々な人が入ったり、戦中・戦後の日本を支えてきた炭鉱があります。当初は全く分からなかったんですけど、この1年間で3回ほど北海道に足を運びリサーチを重ねるうちに、“厳しい自然のなかで生きるたくましさ”というキーワードにぶつかって。

そこで、「たくましく生きる人たちを紹介したい」という想いのもと『どさんこ力(りょく)』を企画することにしました。

先ほど作品を観させていただいたとき、ダイナミックな作品にも繊細な作品にも“生きるたくましさ”が織り交ぜられているようで、ぐっと心に迫るものを感じました。

広く知られている作家さんは少ないですが、それでも天才的な才能を持っていて…まさに“知る人ぞ知る”というような感じです。どの作品にも共通して言えることは、“強さ”です

強さ。

“北海道という地域性が持つ力”と言うのでしょうか。北海道は自然が美しいですが厳しいので、「いかに自然と共存していくか」と考えさせられることが多いんです。

例えば、アイヌ民族4は山や川や木々に神が宿っていると考え、そういった様々なものに感謝するという生き方をされています。それって、“過酷な自然環境で生きていくなかで自然と身についたたくましさ”ではないかと思って。

企画展の作品の一部。近くに寄って観ることで新しい発見が沢山ありました

“生きていくなかで自然と身についたたくましさ”。そのような生き方も反映されている企画展だったのですね。道産子のリアルな生が垣間見えてとても興味深かったです。

ハンディキャップのある方の創作活動を後押しする“日本で最初の美術館”

アール・ブリュット、アウトサイダー・アートをテーマに掲げる美術館は珍しいですよね。梶原さんは、どうして“もうひとつの美術館”を設立しようと思ったのでしょうか。

実は、偶然なんですよ。廃校が那珂川町にいくつか出てきた時とハンディキャップのある方の作品の素晴らしさに気がついた時が、大体一緒だったわけです

もともと東京で自閉症の子を育てていたのですが、刺激が強すぎるのと、窓を開けたらすぐにお隣さんの家の壁で人と人との距離がとても近く、ハンディキャップのある子を東京で育てることはとても大変でした

なので、「コンビニや自動販売機がなくて山歩きができる地域に住みたい」と思い、1998年に今の那珂川町に移住しました。

そこで美術館を?

そうですね。3年後に美術館が開館したわけですが、「美術館を設立したかった」というだけでなく、「ハンディキャップのある方も含めて誰もが創作できる場をつくりたい」という想いのもと、廃校になった小口小学校の校舎を町から借りました。

ハンディキャップのある方の美術館は今でこそ少しずつ増えていますが、開館当初(2001年)は全くなくて。つまり、ハンディキャップのある方の創作活動は認知されておらず理解が進んでいなかった

そこで「こんなに素晴らしい作品をつくっているのに分からないで終わってしまうことは勿体無いな」と思ったことが大きなきっかけです。

なるほど。全国的にも先駆けの美術館なんですね!

認定NPO法人もうひとつの美術館が運営を担っていますが、中々認知はされにくく厳しいですね。入館料の他、会費や寄附金、協賛金などでなんとか成り立っています。

こんなに素敵な場所だからこそもっと広まってほしい…!ここではハンディキャップのある方の作品のみを展示されているのでしょうか?

メインとしてはそうですが、独学の方や専門の教育を受けられている方の作品も展示しています。ハンディキャップの有無に関わらず、「既成概念に縛られない自由な発想で創作活動している方の作品を紹介したい」と思っているんです

「ハンディキャップのある方はどなたですか?」とよく聞かれますが、作品を観る時にそこはあまり関係ないと思うので伝えません。もちろん、作家さんに「伝えてほしい」という意志があれば尊重して伝えますが、ハンディキャップがあるから展示しているのではなく、素晴らしい作品や表現だからこそ展示しているんです

「自分の世界を伝える」という、自発的な行為のもとつくられたアート作品の数々
企画のテーマのなかで「作家の作品が活きるかどうか」を大切にしています

作家自身の世界観を大切にしているなど、型にはまらない自由な作風の作品を展示されているんですね。

「ものの見方はひとつじゃない」。型にはまらない、子どもの大切な感性を磨く取り組み

企画展のほかにもイベントやワークショップなどを行っているとのことですが…

そうですね。つい先日、アイヌ刺繍のコースターを作るワークショップを行いました。あとは、月に1回ほど定期的に開催している創作クラブ活動『もうひとつのくらぶ』、妻木 律子さんによる『ダンスワークショップ』などを行っています。依頼があれば『出前美術館』も行っています。

『もうひとつのくらぶ』の様子(写真:もうひとつの美術館 Instagram

『出前美術館』?

収蔵した作品を外に持ち出しているんです。那須塩原市から依頼があり、国指定重要文化財の“旧青木家那須別邸”に約35点の作品を展示させていただいたこともあります。

旧青木家那須別邸での『出前美術館』の様子(提供:もうひとつの美術館)

まさか美術館の外で作品が観れるとは…!他の場所だとまた一味違って観えそうで面白いですね。

他に、学校などに出向いてワークショップを行う『出前ワークショップ』も行っていますよ。例えば、体育館に大きな紙を広げて「一本線を引いてみよう」と言ってみんなで自由に描いてみる。すると、太いものから短いもの、強いものから弱いものまで、本当に様々な線が描かれるんです。

普段の学校生活だと「あれはだめ」「これはだめ」という縛りがあり、規律に則って上手く描かないといけないじゃないですか。ここではそういう縛りを一切なくし、「とにかく面白がって自由にやってみよう」と思う存分描く楽しさを体感します

そうすると、「こんなに生き生きとした表情で描くんだ!」「絵を描くのは苦手と言っていたのに…」と先生方は本当にびっくりされます(笑)

『出前ワークショップ』の様子(写真:もうひとつの美術館 Instagram

規律のある学校で『自由に思うがままの表現をする』ことは難しいからいいなあ…!

教育って怖いんですよね。よく年配の方は「私は絵が分からないから…」とおっしゃいますが、それは“分からないと思い込んでいるだけ”で、“苦手”という意識を植え付けられてしまったのです。だって、子どもの頃はみんなガムシャラに描くじゃないですか。

そのまま大人になれたらいいのですが、成長とともに教育を受けるなかで型にはまってしまう。そういった意味でも、社会適応が難しい知的障がい者の方は型にはまりにくく、子どもの頃の豊かで大切な感性が残っていることが多いんです

なるほど。たしかに大人になるにつれ、「他人から見たらどう思われるだろう」「できないはずだからやらなくていいや」と考えてしまうことが増えました。子どもの頃の純粋でひたむきな感性が無くなっているな…と感じる瞬間はすごくあります。

『もうひとつのくらぶ』の様子(写真:もうひとつの美術館 Instagram

私たちはある物差しに沿って動いているわけですが、その物差しはひとつじゃないはずです。ひとつの物差しに沿わないからといって「適応できない」というレッテルを貼るのではなく、いくつもの物差しがあればいいだけのこと。ものの見方を変える必要があるのは、実は私たちの方なのかもしれません

「絵の具で汚れてしまうのが嫌だ」と言っていた子が泥遊びのように絵の具遊びをしてみると、すごく開放感があるかもしれない。『出前ワークショップ』や『もうひとつのくらぶ』を通じて、そうした自分の感性に触れるきっかけを提供したいと思っています。

いいなあ…!大人の私でもちょっと体験してみたい!(笑)

年齢問わず、会社さんなどにも伺いますよ!職場でのワークショップはリフレッシュできて意外といいかもしれませんね。

次の世代につなげ、自分なりに思考できる場所を目指して

企画展以外にも様々な取り組みをされていますが、梶原さんが“もうひとつの美術館”を運営し続ける意味はなんでしょうか。

「社会のなかでクローズアップされていないところに焦点を当てたい」という想いのもと、自主企画・運営でこれまで60回ほど企画展を開催してきましたが、毎回すごく大変で。いつも「これで最後になるかも…」と思っているんですけど(笑)

キャッチボールで例えると、私たちは観にきてくださった方にボール(企画)を投げ、それに対して反応してくださる方がいる。「面白かった」でも「感動した」でも「よく分からなかった」でもいいんです。なにか持って帰っていただいて、それが10〜20年後にその人の肉となり創作活動の原動力につながるといいなと思っています

「すぐに結果が出るわけじゃない」という意味でアートは非常に難しい。でも、とても大切なことだと思っています。

作品を観て感じるものがあり、言葉では言い表せないけど、いつか「こういうことだったのか…」と腑に落ちる瞬間に出会うかもしれないですね。

そうですね。明日の食べ物に困っている方のための子ども食堂は、必要とされる大切な場所じゃないですか。「じゃあ美術館なんて本当は要らないんじゃないか」と思ったときに、そこの地域性や歴史、人が生まれて死んでいくという脈々としたつながり(文化)の一端を担うべきだと気づいたんです

作品を保護するだけでなく、次の世代につなげ、作品を観て自分なりに思考するということ。この場所が、そうしたひとつのきっかけになるといいなと思っています。

既成の枠にとらわれない自由なアートという意味での“もうひとつ”。

今回、もうひとつの美術館で個性あふれる作品の数々を目の当たりにして、自分の枠を払い、感じるままに自由に思考することの楽しさを実感しました。少し違った角度で物事を捉えてみることで面白い発見があるかもしれません。それはアート作品を観るときだけでなく、日常生活でも大きく役立つはず。

力強さに満ちた作品の数々から様々な感性を感じ取ることができる『どさんこ力(りょく)』は、2023年11月12日(日)まで。

私は、楽しくも哀しくも“自分らしく生きること”の意味を再考するきっかけになりました。みなさんも、穏やかな気持ちになれる昔懐かしい廃校で“自由に思考する楽しさ”を体感してみてはいかがでしょうか。この場所で観て感じたことを他の人とシェアしても面白いかもしれませんね。