私たちの暮らしを支える“山”を未来に遺すために。山との関わりを大切に、生物多様性と向き合う『山鳥舎』の挑戦
連続した山々が美しく、落ち着いたのどかな風景が広がる栃木県鹿沼市。
ここに、「栃木県の山を遺したい」と奮闘するひとりの若者がいます。
『山鳥舎(やまどりしゃ)』代表の鈴木 由清(すずき よしきよ)さんです。

都内で鳥類調査に従事した後、2020年に栃木県にUターンし、林業業界に転職した鈴木さん。現在は植林・育林専門集団『青葉組株式会社』に勤めながら、個人事業として『山鳥舎』(鹿沼市)を運営。同年代の仲間とのユニット『こさば』(茂木町)での活動も行っています。
驚くことに、「山に関わる上で山を所有する人の気持ちを少しでも知りたい」「山を所有することで自分にとってどんな変化が表れるのか知りたい」という想いから、自身の山を購入したとのこと…!

そんな山をこよなく愛する鈴木さんの生き方に触れるべく、『山鳥舎』の活動現場である鹿沼市内の山を訪れました。

長期的な目線で「山とどう付き合っていくか」を考える

山の中って空気が澄んでいて気持ちいいなあ…!ところで、何をしているのでしょうか?
所有者さんから依頼を受け、民有山1の管理(整備)を行っているところです!主には、景観や生態系に悪影響を与えている笹の伐採や落ち葉が溜まりすぎている場所の掻き起こしなど、環境改善を目指した管理ですね。ただ「すべてきれいに刈ればいい」というわけではなく、空間密度や風や水の流れ、生態系や人の利用のことを考えて、あえて刈らずに残すこともあります。
鈴木さん曰く、「人が手を入れた山の沢のような水道沿いは、手入れが無くなると植物が繫茂して風の通りが悪くなり湿度が高くなり過ぎたり、容易に立ち入れなくなってしまう」とのこと。生き物の目線と自分の感覚を重視し、山との関わりを何よりも大切にしています。

加えて、“お金になるかどうか”ではなく、“これから山とどう付き合っていくか”を一緒に考えられる人を育みたいと言います。
山は、買って終わり、木を切って終わりではありません。「山(自然)を守りたいなら手を加えるな」と言う方もいますが、それは少し違くて。一度でも人が山に介入したら、倒木や土砂崩れを防ぐためにも、継続的に山と付き合い続けなければならないんです。
山が放置され、荒れ、コナラなどの樹種によっては大きく成育した後に虫の被害を受けて枯れ、手遅れに…という事例も少なくありません。特に、住宅街に面する山や生活インフラの源である電線が近くにある山は、日頃からの十分な管理が必要です。
山を持つ上では、“生涯にわたり関わり続け、管理し続ける”という覚悟が必要なんですね…!
戦前は人の暮らしの中に当たり前のように山があり、人による山の利用圧が強い時代でした。戦後は木材需要の高まりで拡大造林が行われ、鹿沼市でもスギとヒノキが多く植えられましたが、木材の価値が低下してからは山の管理を怠る人が増えてしまったんです。
なるほど。管理不足かつ放置されている山が昔に比べて増えてしまっているんだ…
“生態系のバランスを守る”ことは、私たちの暮らしを守ることにもつながる
現在は、「山を買ったものの手入れや管理の仕方が分からない」「生き物を増やしたい」「自然共生サイトに登録したい」など、多岐にわたる相談に応じている鈴木さん。相談者とともに山に入り、アドバイスや課題解決のための支援活動を行っています。
実際に「生き物を増やしたい」という相談対応では、作業計画と管理提案を行い、間伐をした結果、フクロウの飛来が見られた事例もあるそう…!
また、『那須平成の森』で仲間とともに湿地づくりに取り組み、生き物が棲める環境をつくるなど、“生物多様性と向き合う”ことを活動の核に据えています。

生き物が人間にもたらす影響は大きいのでしょうか?
とても大きいですね。例えば、蜂がいなくなると受粉に頼っている野菜や果物が私たちの食卓から消えますし、過大な漁獲量や海流の変化で日本の水産資源も危機的な状況にあります。過去に、生き物の死体を食すハゲワシが激減したことで衛生環境が崩れ、病気が蔓延した事例があるように、生態系のバランスの崩壊は予期せぬ問題を引き起こします。
民有林2で繁殖する猛禽類も多いため、民有林の保全や利活用を考えることも重要です。自然や生き物が私たちの暮らしを見えないところで支えてくれているにも関わらず、昔に比べて山と人との直接的な関わりは薄れ、見えにくくなっています。だからこそ山に関心を持つ人がもっと増えることが、僕の今の願いです。

生物多様性を大切にすること、山との関わりを改めて考えることは、私たちの暮らしを守る上でもとても重要なんですね…!
『山鳥舎』の誕生秘話、そして、これまでの歩み
そもそも、山を守る活動を行う『山鳥舎』はどのようにして誕生したのでしょうか。鈴木さんの人生の変遷を辿ってみました。
生き物に興味を持ったのは、3歳の頃です。当時姉が育てていた蝶のサナギが、図鑑で見ていた“アゲハチョウ”ではなく“クロアゲハ”に羽化したんです。それがすごく面白いと思い、生き物にのめり込みました。
そして小学3年生の頃、冬鳥の“ジョウビタキ”が自宅の庭に飛来した姿を見て、図鑑に載っていた姿と種名が一致して感動し、生き物の中でも鳥にどんどんハマっていきましたね。

小学生の頃から参加していた地元の自然観察会の方々の高齢化、そして若手不足を目の当たりにし、「これから地域の自然史の記録を誰が取り蓄積していくのか」と懸念したことがきっかけで、進学とともに上京し、鳥類調査に従事していた鈴木さん。
鳥類調査を仕事にしたのは、30歳までに栃木県に戻り“生き物の記録を取る技術を身につける修行のため”でもありましたが、民有林で繁殖する猛禽類を見ていく中で、「鳥についてより深く知るなら林業の世界を知ることも大切だ」と感じたと言います。
そして「行動するなら早い方がいい!」と、2020年に栃木県にUターンしました。

Uターン後は、林業の道へ。最初の1年間は、植えて育ったスギやヒノキなどの木を切り、木材として生産する“素材生産”に従事していましたが、次第に既存の木を伐採するだけではやれることに限界を感じるようになり、「伐採後の山をゼロからいじりたい」という想いが芽生えたと言います。
そんな折に、林業ベンチャー『青葉組株式会社』の存在を知り、山をゼロからデザインできる仕事に魅力を感じて2021年に転職。伐採後の土地を整備し、苗木を植え、育てる“造林3”の仕事へと軸足を移しました。
そして2023年、『青葉組株式会社』に勤めながら『山鳥舎』を設立し、地元の鹿沼市を中心に山と関わる活動をスタートさせました。

機械作業が中心の素材生産に対し、造林業では山全体をくまなく歩くので、土壌や植生、水の出所や伐採されずに残った雑木など山が持つさまざまな情報を直接得ることができてすごく面白いです。「伐採は悪」と思われがちですが、伐採した場所で暮らす生き物もたくさんいます。造林の仕事を通じてそのバランスの重要性を実感していますね。
一方で、「伐採後に放置された森林は土砂崩れや水害のリスクを高める」とのこと。
栃木県は比較的積極的ですが、全国的に伐採後の再植林が追いついていません。放置された伐採地は土砂崩れや水害のリスクを高めるので、山の機能維持のためには適切な管理を伴う再植林が不可欠です。
植林して育林して木を伐ってまた植えて…と、数十年のサイクルで管理を行う造林が、まさか災害リスク防止の役割をも担っているとは…!伐採して終わりではなく山との長期的な付き合いを考えることは、リスク回避という点でも重要なんですね。
山の管理保全活動のほかに、開発により自然情報が消えがちな現実に対して“その時そこに居た”生き物の存在証拠を遺すため、鳥類を中心に哺乳類・爬虫類・植物の記録(観察地点・日付・個体数など)を取っているという鈴木さん。
“環境は遺せなくとも記録は遺せる”という意識のもと記録を蓄積し、「長期にわたる記録から環境変化の兆候を把握し仮説検証できるようにしたい」「先人に代わって地域の情報を受け継いでいきたい」と言います。

自分が好きな“鳥や生き物がいる景色を守る”ために、今の活動を続けていく
そんな『山鳥舎』の最大の強みは、生き物に関する専門知識をもとに保全計画を立案する“計画力“と、それを自らの手で現場作業に落とし込む“実行力”を兼ね備えている点にあります。
今後、自然共生サイトの登録には具体的な管理計画の実行が求められるようになると予測されており、コンサルティングと実働を分断させない『山鳥舎』ならではの事業モデルは、全国的に必要とされるはず。
栃木県内での活動を主軸に、県外からの依頼にはアドバイスを中心に柔軟に対応する『山鳥舎』。これから、どのような歩みを見せてくれるのでしょうか。
今もこれからも、これまでやってきたことをやり続けるだけです。ただ、「さまざまな相談に柔軟に対応したい」という想いがあるので、一緒に活動してくれる仲間が増えたら嬉しいですね。そして技術や思想を仲間が地元に持ち帰り、計画と実行を両立させる山づくりのモデルを各地で実践することで、日本全国の自然が少しでも良くなったらいいな、と思っています。

続けて、「純粋に鳥や生き物がいる景色を見ることが好き」と言います。
山での活動には死ぬ危険性が付きものですが、それでも、山で活動していること自体が楽しくて。本当に、山に居るだけで満足しちゃうんですよね。だから僕、今すごく幸せです。同時に、山で活動していると「この自然を将来にわたって遺し続けたい」という想いが芽生えます。僕のベースは栃木県なので、これからもプレイヤーとして栃木県の山づくりに貢献し続けていきます!

自分の好きにまっすぐに、山を自分の一部と捉え、真摯に向き合い続ける鈴木さん。
生産性だけを追求しない働き方は、鈴木さんにとって理想的な山との関わり方であり、山や自然、そして生き物を守る上で大切な何かをそっと教えていただいたような気がします。

連続性のある山々と平地林、そして生き物が棲みやすい環境が遺っている栃木県。その価値を守り続け、日本全国へと広げていく『山鳥舎』の挑戦は、今まさに始まったばかりです。